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ヨーロッパが「スゲエな」と思うのはいまから2000年以上前に、自分たちの歴史を文字で残していたこと。
だから紀元後14年のきょう9月18日に、ティベリウスがローマ皇帝に即位したことも分かっている。
日本ではまだ文字もなくて、半裸の人々が森でシカを追いまわしていたころの話だ。(いやもうチョット進んでた)
「〇年〇月〇日に~が皇帝になった」というレベルで記録が残っていたら、2~3世紀の邪馬台国があったのは九州か奈良のあたりかで大議論になることはなかった。
さて、今回取り上げたいのはこのティベリウスではなくて、その前の前の人物だ。
ガイウス・ユリウス・カエサル(前100~前44)
ユリウス・カエサルとかいう世界史レベルの英雄は、一般常識として知っておいていい。
彼は古代ローマの超有能な軍人で、軍を率いてガリア(いまのフランス、ベルギー、スイスのあたり)へ遠征し、戦いに勝利してその広大な地域をローマのものとする。
これによって地中海のギリシア・ローマ文化がヨーロッパに広く浸透していき、現在のヨーロッパの基礎の基礎が出来上がる。
「皇帝」を表すドイツ語のカイザーやロシア語のツァーリの語源はこのカエサルだ。
このへんは、愛知の一地方(尾張)の大名からスタートして敵を次々と撃破し、いまの群馬から兵庫・四国の一部までを支配するにいたった織田信長と似ている。
ただ信長はすべての決定権を持つ王のような存在だった一方、カエサルはあくまで軍人(将軍)で、その上にはローマの元老院がいたから両者の立場は根本的に違う。
圧倒的な武力で敵対勢力を駆逐したカエサルは終身独裁官(ディクタトル)の地位につき、権力を自分に集中させて独裁的な政治をおこなうようになる。
カエサルが元老院から力を奪って強大になっていくと同時に、「彼は自分が王になって、共和制を滅ぼすつもりでは?」といった不安もローマで広がっていく。
カエサルは実際、共和政ローマとは名前だけの存在だ、自分の言葉は法であると言い放ったという。
また、人びとにユピテル(ローマ神話の主神)と呼ばせるなど自分を神格化させたから、カエサルが王になって共和制を無力化し、君主制(王政)を確立しようとしたことは十分考えられる。
でも、その野望が実現することはなかった。
紀元前44年、かつてともに戦った腹心のブルータスらの襲撃を受けて、カエサルは突然この世を去る。
暗殺される瞬間、この裏切りを想像していなかったカエサルは、「ブルータス、お前もか」と言ったという。
これはシェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の超有名なセリフで、カエサルが本当に言ったかどうかはナゾ。
実際には「ちょ、待てよ」だった可能性もある。
カエサルの後継者が初代ローマ皇帝アウグストゥスで、彼の死後、その後継者になったのが紀元14年9月18日に即位した皇帝ティベリウスだ。
ユリウス・カエサルの英語読みがジュリウス・シーザーで、「シーザーサラダ」は彼に由来するというデタラメな話もあった。
でも彼が7月生まれだったことから、「July(ジュライ)」の語源になったというのはガチ。
カエサルの最期は天下をとる直前に裏切りにあい、家来に暗殺された信長とソックリ。
明智光秀の軍の襲撃を受けた1582年の本能寺の変で、織田信長は「是非におよばず(しかたがない)」と言って亡くなったといわれる。
光秀が信長を暗殺した動機は日本史最大級のミステリー。
これには、信長が天下統一を果たした後、天皇や朝廷の存在が危うくなることに不安を感じた人間が光秀にはたらきかけたという説がある。
信長は神になろうとしていたと宣教師のフロイスも書いている。
カエサルは共和政ローマの伝統を破壊する者として、反対派に暗殺された。
信長も朝廷や天皇の伝統を破壊する者とみなされ、反対派に殺害された可能性はある。
どっちも権力をもちすぎたのだ。
すぐれた戦闘能力と統治能力をもっていた信長は日本史の大人物で、その上位互換のカエサルは世界史レベルの人物だ。
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