運命の19世紀、中国と日本の違いは西太后と明治天皇の差

 

「食は天下の本なり。黄金万貫ありとも 飢を療すべからず。白玉千箱ありとも 何ぞ能く冷を救はむ」

国の根本は食料で、黄金がどれだけあっても飢えを解消することはできない。白玉(真珠)が千箱あったとしても、国民を寒さから救えない。

6世紀に宣化(せんか)天皇がそんなことを言って、凶作に備えるよう命じたと日本書紀にある。
こんな伝統のある日本はラッキーだった。

 

きょう9月21日は1898年に「戊戌の政変」が起きた、中国にとっては残念無念な日。
19世紀後半、日清戦争の敗北に衝撃を受けた中国は、ヨーロッパの科学技術を導入して国力の増強を目指す洋務運動では足りない、もはやヌルイと理解した。
それで、明治維新の成功で近代国家に生まれ変わった日本を参考に、憲法の制定や国会の開設を目指す改革運動(変法自強運動)を進めていく。
日本のように立憲君主制国にならなくては、西洋列強に囲まれたこの時代を生き残ることはできない、ルックイースト!
というワケなんだが、1898年の戊戌(ぼじゅつ)の年、そんな近代化革命を嫌った西太后や袁世凱らが力でぶっつぶす。
清朝を近代化して、西洋に負けない強い国にすることは基本OK。
でも国の頂点にいた西太后にとって、憲法がそれに取って代わり、自分が憲法に拘束されることは認められない。
だから憲法を制定し、立憲君主制になろうとする政治改革は、西太后には自分を否定されるも同然だ。
それで彼女はこの改革運動を進めていた官僚らを殺害し、これを支持していた光緒帝を幽閉する。
これにて戊戌の変法は完全終了。
あっという間に終わったから、「百日維新」とも言われる。

国を私物化していた西太后にとって、国庫とは無限に引き出し可能なATMでしかない。
彼女は頤和園(いわえん)という自分用の巨大な公園を整備するために、日清戦争の総費用の約3倍も使ったといわれ、これが日清戦争の敗因の1つになった。
一方で、大飢饉が発生し、多くの国民が飢えに苦しんでいても西太后はスルー。
政府の怠慢と無策によって、1000万人以上の餓死者を出す大人災となる。
19世紀後半の国際社会は、弱小国は大国のエサになる帝国主義の中にあった。
そんな運命的な時代に、権力と物欲の化身が頂点に君臨していた中国には運がなかった。
幽閉された光緒帝はその後、西太后に毒殺されたと考えられている。
ちなみに光緒帝にとって西太后は母の姉で「おばさん」になる。

この後、義和団事件で中国が西洋の半植民地になると、「皇帝とは中国を滅ぼす害悪でしかない」と1911年に辛亥革命が起こって清朝は倒される。
西太后が近代化(変法自強運動)を認め、中国が立憲君主制の国に生まれ変わっていたら、きっとこんな歴史はなかった。

 

「朕は国家なり」の西太后

 

同じ激動の時代、西太后とは銀河系レベルで離れていた明治天皇がいて、日本はラッキーだった。
日本学者のドナルド・キーン氏は、明治天皇の私欲や利己心をおさえる克己心(こっきしん)の強さを称賛する。
東京にいた明治天皇があるとき憂鬱(ゆううつ)そうに見えたから、側近が気晴らしに京都へ行くことを勧めると明治天皇はキッパリこう言った。

「朕は京都が好きである。故に京都には参らぬ」と答えた。

自分の好き嫌いに従いたくなかった。好きなことをやらないのが美徳だと考えていたのです。楽しみを断る、自分は楽しむために生まれてきた人間ではない、と儒学的な思想です。

「明治天皇を語る (新潮新書) ドナルド・キーン」

 

自分が亡くなったら京都に埋めてほしいと言うほど、明治天皇は生まれ故郷の京都を愛していた。
でも、自分の都合で京都へ行くのは無責任で、人びとの迷惑になると側近の提案を断る。
私的な造園で国を敗戦に導いたトップとの圧倒的な差よ。

明治天皇について。上に立つ人やリーダーの資質とは?

自分は国や国民のために存在する。
そんな克己心のカタマリのような明治天皇なら、自分の上に憲法を置いて日本を立憲君主国家にしたのも当然。
この態度の背後には、「黄金万貫ありとも 飢を療すべからず。白玉千箱ありとも 何ぞ能く冷を救はむ」という皇室の伝統的な考え方があったはずだ。
最大の国難に、最悪のトップがいたという中国には本当に運がなかった。天が中国の滅亡を望んだのかと思うレベル。
これが逆だったらと思うと、背中が寒くなる。

 

おまけ

西太后も訪れたことのある古都・洛陽

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。