【路上の伝説】黒いヴィーナス、ジョセフィン・ベイカー

 

「貝殻ビキニ」で伝説になったのが武田久美子さん。
フランスのジャズ歌手で女優のジョセフィン・ベイカーは、腰のまわりにバナナを付けた「バナナスカート」で20世紀のレジェンドになった。

 

ジョセフィン・ベイカー(1906年 – 1975年)

 

日本では日露戦争が終わった翌年、ジョセフィン・ベイカーは米セイントルイスの貧しい家に生まれた。
彼女は8歳の時、白人家族の家で住み込みで家事の仕事をすることになる。
するとそこでは、洗濯物に石鹸を入れすぎたという理由で手に火を当てられるといった、いまならアニメの伏線のような差別や虐待を経験する。
13歳になるとベイカーはセントルイスのスラム街でストリートチルドレンとして、段ボールのシェルターで寝たりゴミ箱で食べ物をあさったり、街角でダンスをして何とか生きていた。

She also lived as a street child in the slums of St. Louis, sleeping in cardboard shelters, scavenging for food in garbage cans, making a living with street-corner dancing.

Josephine Baker 

 

その後オーディションに合格したベイカーは、ニューヨークのブロードバンド劇場でコーラスガールの役を手に入れる。
19歳になった彼女はパリのシャンゼリゼ劇場でデビューし、こんな「チャールストン」の踊りを披露した。

 

 

「バナナスカート」を身につけて踊った彼女が「黒いヴィーナス」と呼ばれたのもこのころ。
ほぼ裸の姿にエロティックなダンスで、パリの観客はすぐに彼女のトリコになり、ある舞踏ジャーナリストは「彼女こそ詩人ボードレールが夢に見た褐色の女神」と絶賛。
アーネスト・ヘミングウェイは「これまで見たことのある最もセンセーショナルな女性」とベイカーを称え、ピカソは彼女の美しさを絵に描く。
ジャン・コクトーの後押しもあって、ジョセフィン・ベイカーは「フランスで最も成功したアメリカ人」という大スターとなる。
祖国での種差別にウンザリしたこともあって、彼女は1937年にフランス市民権を取得した。

1939年に第二次世界大戦がはじまってフランスがドイツの占領下に置かれると、植民地だった北アフリカのアルジェリアに拠点を移し、ベーカーは自由フランス軍に入りレジスタンス運動を支援する。
こうした活躍が評価されて彼女は戦後、フランスでは最高位勲章のレジオンドヌール勲章を授与された。

 

制服を着たベイカー(1948年)

 

一方、アメリカでの黒人差別は相変わらずムゴイまま。
大スターとなったにもかかわらず、ベーカーはニューヨークで人種を理由に36軒のホテルで予約を断られた。
子どものころ、白人の大人から手に火を当てられた記憶もあって、ベーカーは1950年代後半から活発になった人種差別撤廃運動(公民権運動)に積極的に協力するようになる。
1963年にマーティン・ルーサー・キングがワシントン大行進を行った際、彼女は演説でこう言った。

「わたしは、王や女王の宮殿や大統領の家に足を踏み入れました。でもアメリカでは、ホテルに入ってコーヒーを飲むことができませんでした。」

キングが暗殺された後、彼女は公民権運動の指導者になることを頼まれたが、それは断った。
1975年にフランスで公演をおこなった後、彼女は脳出血で倒れて4月12日に亡くなる。
でも、人びとがこのレジェンドを忘れることはない。
2021年に、哲学者のヴォルテールや小説家のヴィクトル・ユーゴーといったフランスの偉人を祀る墓廟「パンテオン」に、ジョセフィン・ベーカーも埋葬されることが決まった。
この名誉を手にした黒人女性は彼女が初めてだ。
アメリカのスラム街でストリートチルドレンとして、ゴミ箱で食べ物をあさっていた少女がここまでの人物になるとか、この「路上の伝説」はスケールが空前絶後に大きい。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。