日本の正月で特に大事なことは、一年の幸せや幸運をもたらす「年神」を家に迎え入れること。
そのためにしめ飾りを玄関に付けて、「ここですよ。ようこそいらっしゃませ」と神さまに伝える。
それを目印にやってきたとしても、居場所が無かったら、その神さまはフワフワと家の中を浮遊することになるか、下手したら出ていってしまうから(たぶん)、鏡餅を用意して、そこへ入っていただくことで神さまは落ち着くことができる。
鏡餅にはそんな「依り代(よりしろ)」の役割があるから、日本の正月には欠かせないマストアイテムになっているのだ。
鏡餅には縁起物の伊勢えびをのせることもあった(いまもあるかも)。
神と一体化することでその鏡餅は、特別な力が宿った神聖な餅、「スーパーでホーリーなお餅」に変化する。
そして鏡開きの日に鏡餅を割って、神さまに感謝しながら家族が食べて神の力をゲットして、これから一年の健康&幸せを祈って美味しくいただく。
鏡開きはもともと武家で行われていた儀式で、みんなが同じものを食べることで家族や主従関係を深めるという意味もあった。
それが庶民にも広がっていって、いまでは国民的行事となる。
さて、こんな日本の正月文化について外国人はどう思うのか?
・食べ物に神が宿るという鏡餅の発想
・それを食べることで、神のチカラを得られるという鏡開きの考え方
最近、日本に住む20代のドイツ人男性とサイゼリアへご飯を食べに行った時、この日本の正月文化について説明して、ドイツにも、鏡餅のような物や鏡開きのようなイベントがあるかどうか聞いてみた。
すると、「なんであると思ったかな?そんな特殊なものが」と一蹴されたでござる。
キリスト教の神がやってきて、具体的な物に宿るわけない。それは迷信で、むしろ反キリスト教的な考え方だよと言われて、まあそりゃそうだろうなと。
鏡餅や鏡開きみたいな神道的な発想がドイツにあるわけないのだ。
…という展開になるかと思ったけれど、「ドイツにも同じような物がある」と言うからビックリだぜ。
彼が言うには、キリスト教の教会で、信者が口に入れるワインとパンは鏡餅や鏡開きの考え方に近い。
イエス=キリストは処刑される前に、弟子たちと一緒に最後の食事をした。
この最後の晩餐(ばんさん)で、イエスはパンを手にとって「これがわたしの体である」、ワインの入った杯をとって「これがわたしの血である」と言って弟子に与えた。
この聖書の記述が基になって、「聖餐(せいさん)」という儀式が行われるようになる。
知人のドイツ人が子どものころに通っていたカトリック教会では、まず神父がパンとワインを前に祝福の言葉を述べて、そのあと信者に向かってパンとワインを掲げて、「これはキリストの肉であり血である」と言う。
そうすると、それはもはやただの食べ物と飲み物ではなくなり、神聖なパンとワインと化す。
ただ、それを口にするのは少数の信者の代表者だけで、彼やほかの多くのカトリック信者はクラッカーみたいな薄くてあまり味のしないものを、両手を重ねて丁寧に受け取って食べていたと言う。
(話を聞いていて、奈良の鹿せんべいが頭に思い浮かんだ。)
日本の鏡餅は神さまが宿る依り代となることで、聖なる力を帯びるようになる。
キリスト教の場合は、このパンとワインがイエス・キリストの体(聖体・聖体血)に変化すると考えられている。
ふつうの物が特別なモノに変わる「聖変化」の考え方は、神道もキリスト教も似ている。
キリスト(神)の肉と血を吸収するというのは、個人的には生々しくてちょっと引いてしまうのだけど、カトリックにとってこの聖餐はとても重要な儀式で、世界中の教会で行なわれている。
*やり方は宗派や地域によって違うだろうから、細かいことは「聖餐」で確認されたし。
ドイツ人の話によると、教会のミサに出席した人全員が同じ物を食べることで、信者同士の結びつきを深めることもできる。(コミュニオン)
この発想とやり方は、家族や主従関係を深める鏡開きとそっくりだ。
キリストの肉と血になったパンとワイン
言ってみればキリスト教の鏡餅。
これが知人の言っていた奈良の鹿せんべい、いや「クラッカー」と思われ。
「あなたの国に、日本の鏡餅・鏡開きたいなものはありますか?」
そんな質問をアメリカ人、イギリス人、ポーランド人にすると、ドイツ人と同じく「パンとワイン」を挙げる人もいたし、「そんなものは知らない」と言う人でも、教会のパンとワインを指摘すると「あ、たしかに!」と納得。
日本人にとっての米は西洋人にとっての小麦粉で、依り代としての鏡餅は「聖体」としてのパンに重なる。
一神教のキリスト教と八百万の神々のいる神道は、本質的にまったく違う宗教だけど、ただの物を特別なモノに変えるという発想はあるし、そんな神聖なモノを体内へ取り入れる行為もある。
宗教について、人間には本質的に共通した考え方がある気がするのですよ。
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