2006年に秋篠宮家で、いまの上皇さまの孫にあたる男児が誕生し「悠仁(ひさひと)」という名が付けられた。
「長く久しく」というめでたい意味のこの名前を持つ人は全国にいて、たとえば『ゆず』の北川悠仁(ゆうじん)さんは「とても感動し、光栄に思っております」と言う。
日本フィルハーモニー交響楽団で首席奏者を務めていた後藤悠仁(ゆうじ)さんは、楽団の仲間から「名前に恥じないように行動してくれ」と言われた。
こんな感じに日本では皇族と同じ名前の人は、「光栄だ」「身が引き締まる」「感激した」といった感想を持つ人が多い。
その正反対がコレだ。
朝鮮日報の記事(2023/02/13)
「ジュエの名前は使うな」…北朝鮮、金正恩氏の娘と同名の住民に改名を強要
北朝鮮では“神”に等しいほど高いポジションにいる、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の娘は「キム・ジュエ」という。
ジュエ氏は「最高尊厳の尊貴なご子弟」ということで、北朝鮮当局は同じ名前を持つ国民に改名を強要しているという。
記事を見るとこれは「北朝鮮あるある」らしい。
金日成(キム・イルソン)の時代には「イルソン」という名前が使えなくなったし、金正日(キム・ジョンイル)の時代には全国にいた「ジョンイル」さんに名前を変更させた。
いまの金正恩氏の時代が始まると、「ジョンウン」という名前をすべてなくし、「首領の神格化を続けてきた」という。
いまの日本で天皇は、
「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」
と憲法に規定されている。
これは大日本憲法にあった「天皇主権」の反対で、日本の主権は国民にあるという大前提があって天皇はその象徴とされている。
言ってみれば「天皇 < 国民」だから、国や宮内庁が皇族と同じ名前で「光栄だ」と喜ぶ人に対しては何もできないし(しないだろうけど)、国民にはそれにちなんで名前を付ける自由もある。
北朝鮮ではこれがすべて逆転する。
「同名の住民に改名を強要」するのは、「その地位は国民総意に基づく」という憲法の趣旨とは反対なんだが、まあ北朝鮮に日本憲法なんて関係ない。
日本と北朝鮮では本当に、いろんなことが根本的に違う。
今回の北朝鮮の動きの「元ネタ」のようなものが、昔の中国にあった「避諱」(ひき)という慣習だ。
中国において皇帝は至高にして最高尊厳だったから、臣下がその名前にある文字を使うことは、神聖性を汚す行為になるから絶対に許されない。
そんなわけで、人々は皇帝の名前と同じ文字を書くことをタブーとした。
3世紀に劉備玄徳の建てた「蜀」を滅ぼした晋の文帝は、諱(いみな:本名)が「司馬昭(しば しょう)」だったから、晋の時代に生きた人々は「昭」の文字を使うとはできなかった。
それで古代中国の四大美人が一人、王昭君(おうしょうくん、紀元前1世紀ごろ)について書く場合は、「昭」を「明」に変えて「王明君」とした。
*四大美人にはほかに楊貴妃・西施・貂蝉がいる。
皇帝だった司馬昭と同じ文字を書いたのがバレたら、最悪、処刑されるほどの重罪になる。
この逆バージョンもあった。
7世紀の唐の皇帝・太宗(たいそう)の諱は世民(せいみん)という。
「世」も「民」も中国人がよく漢字で、これを使用禁止にすることは現実的に無理だったから、「避諱をしなくてヨシ。世も民も使ってよろしい」と皇帝が命じたこともある。
ただ皇帝からこんな勅令が出るのは激レアで、普通は皇帝と同じ文字を使うことは冒とく行為になるから許されない。
王昭君(王明君)
皇帝などの名前を避ける「避諱」(ひき)の慣習は朝鮮半島にもあったし、日本にもこれに基づく避諱欠画令(ひきけっかくれい)があった。
でも、21世紀になっても行われていたというのはビックリだぜ。
「とても感動し、光栄に思っております」と国民が言うのを聞けば、きっと皇室も思いをする。
国民が同じ名前だと「最高尊厳」を侮辱することになるから、名前を強制的に変更させるというのは日本人には異世界の発想だ。
「主権在民」を否定しているのに、「民主主義人民共和国」というのは違和感どころの話じゃない。
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