【反清復明】敵対する中国と台湾が、鄭成功を尊敬する理由

 

日本としては想像したくないけれど、でも現実的に備えないといけない事態がこれだ。

NHKニュース(2023年2月3日)

CIA長官 “2027年までに台湾侵攻の準備を 中国 習主席が指示” 

米CIA(中央情報局)のバーンズ長官の見方によると、習近平国家主席が軍に対して台湾侵攻の準備を行うよう指示を出した。
その”デッドライン”は2027年だ。
といっても習主席が台湾侵攻を決断したわけではなく、「彼の野心をみくびるべきではない」と長官は警戒を促す。
今後4年の間に何が起こるのか。

 

 

現在の台湾と中国はこんな感じに、冗談抜きで「戦争寸前」と言えるほど対立している。
日本が太平洋戦争に負けると同時に日中戦争も終結し、日本は中国本土と台湾から手を引いた。
すると今度は毛沢東をトップとする共産党と蒋介石が率いる国民党との間で、どっちが中国の真の支配者かを決める戦いがぼっ発。(第二次国共内戦

結果、これに負けた国民党は1949年に台湾へ逃亡し、毛沢東は同じ年に中華人民共和国の建国を宣言する。
それ以降、共産党の中国は台湾の「回収」を悲願とし、国民党政権(台湾)は「だが断る!」と全力でその事態を避けてきた。
途中で中国・台湾にいろんな変化があったけれど、おたがいにらみ合いの状態は変わらず、気づくと「2027年までに台湾侵攻の準備を」というところまできた。

 

こんな両者だから、価値観や見方は大きく違う。
中国で尊敬されている毛沢東は台湾では嫌われ者で、蔣介石はその逆になる。
ただ、台湾での蔣介石の評価は下降傾向にあると思う。

でも中国も台湾も主流は同じ漢民族で、歴史や文化を共有しているから、どちらからも敬意を受ける人物がいる。
その1人が1624年に長崎で生まれた鄭成功(てい せいこう)だ。

 

鄭成功
中国人(父)と日本人(母)のハーフの彼の日本名は田川福松という。

 

中国・明王朝に仕えていた鄭成功はある日、北方からやってきた満州族の清に明を滅亡させられ、国を失ってしまう。
この出来事が彼の人生を決定づけた。
異民族の清を追い出して、再び漢民族の明を復興させる「反清復明」をライフワークにする。
それで日本人の血が流れている彼は、徳川家光が将軍だったころに援軍を要請したが、江戸幕府から「すまんけど無理」と拒絶される。

清と戦い抵抗運動を続けていた鄭成功は台湾に拠点をつくろうと考えて、1661年にそこを支配していたオランダを駆逐する。(ゼーランディア城包囲戦
そして台湾へ渡った彼は鄭氏政権をスタートさせた。
でもこの政権が存続したのは22年(1661年 – 1683年)だから、ラーメン屋なら長いほうだけど、国としては一瞬と言っていい。
「反清復明」の夢の途中で鄭成功の命は尽きて、清朝の攻撃を受けた鄭氏政権も1683年に滅亡する。
それでも鄭成功は人生をかけてがんばったのだから、「名前負けしてんじゃん」とか言わないように。

明を復興させることはできなかったとしても、台湾で初めて、漢民族による統治を実現させた鄭成功の功績は大きい。
これが理由で敵対している台湾・中国から、彼は英雄として尊敬されている。

 

「天下一品」のような鄭氏政権の旗

 

満州族の国を滅ぼして、漢民族の国を建ててやる!

そんな鄭成功の悲願は、孫文が辛亥革命(1911~12年)で清をぶっ倒して実現させた。
それで孫文も中国・台湾から敬意を受けている。
でもその後、中国は共産党(毛沢東)と国民党(蒋介石)に分裂して、いまは軍事侵攻が迫っているところだ。
日中戦争のときの日本のように、共有の敵がいればタッグを組むこともできるだろうけど、いまはそんな存在はどこにも無い。
鄭成功や孫文への思いは同じでも、それで「漢民族 VS 漢民族」の戦いを避けることはできないだろうし、台湾が日本に援軍を要請してもまた「ごめん無理」と断るだろうし、この問題はホントにむずかしい。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。