数年前まで日本に住んでいて、いまは母国で働いているオーストラリア人と最近話す機会があった。
オーストラリアに戻ってからしばらくしたころ、日本語ペラペラの彼女は、イギリスで生まれた化粧品メーカー「ボディショップ」の商品を見てナゾにつつまれたという。
上の「サクラ」のフレグランス(香り)はわかるとして、この「サツマ」とはいったい何なのか?
*画像はボディーショップ公式HPのキャプチャー。
公式HPにある「ボディミスト サツマ」の説明によると、リフレッシュしたいと思った時に、このボディフレグランスを「シュッシュッ」と体にスプレーするといいらしい。
で、つづけてこう書いてある。
「ジューシィなサツマ(みかん)の香り。」
そう。
このサツマとは、みかんのことなのだ。
だからこそ、日本語のわかるオーストラリア人にはワケがわからない。
(日本人でも薩摩の一般的なイメージといえば西郷隆盛、桜島、サツマイモでミカンはないのでは?)
1770年にイギリスの探検家クックがいまのシドニーの近くに上陸して、「ここはイギリスのものだ!」領有宣言をしたことから、いまのオーストラリアの歴史はじまった。
この巨大な島はイギリスの植民地だったから、現在のオーストリア人はイギリス英語をベースにした英語を話している。
違いをひとつ挙げると、イギリスでは Aを「エイ」と発音するけど、オーストラリア英語では「アイ」と発音する。
だから、オーストリア人は today(トゥデイ)を「トゥダイ」と言う。
そんな細かい違いはあっても、オーストリア人なら基本的にイギリスの英語はわかる。
でも、みかんを「サツマ」と呼ぶなんて聞いたことがない。
日本に住んでいて、鹿児島県を旅行したことのある彼女の頭には、どうしても「薩摩」が思い浮かぶのだけど、鹿児島の旧名が、なんでボディショップのフレグランス(香り)の名前になっているかナゾ。
接点が1ミリも思いつかない。
薩摩は関係ないとしても、「SATSUMA」という英単語はあまりにも不自然。
不思議に思った彼女が調べてみたら、やっぱりこれは薩摩藩に由来していることが判明した。
英語版ウィキベテアにもサツマという英語の果物名は、この果実(温州みかん)が西洋へ初めて輸出された日本の薩摩藩に由来すると書いてある。
One of the English names for the fruit, satsuma, is derived from the former Satsuma Province in Japan, from which these fruits were first exported to the West.
イギリス人の立場では出会う順番が逆になる。
ネットで調べていたら、イギリスで生まれ育った人が日本へ来てから「薩摩」という言葉を知って、「なんでイギリスのミカンの名前が江戸時代の国名と同じなんだ?」と疑問に思ったという話があった。
薩摩藩とイギリスの直接的な出会いといえば、何といっても1863年の薩英戦争。
前年の1862年、いまの横浜で薩摩藩士がイギリス人に斬りかかって死者1名、負傷者2名をだす生麦事件がおこる。
このイギリス人たちは薩摩藩主の父・島津久光の行列を乱したから、激怒した島津家の家来が刀を抜いたとされる。
だから、無差別に外国人を襲ったわけじゃない。
これが原因になって、薩摩藩とイギリス(大英帝国)の戦争がはじまった。
そのくわしい内容は「薩英戦争」を見てくれ。
戦闘が終わって、薩摩藩とイギリスが戦後処理の話し合いを進めていくうちに、薩摩の人間を知ったイギリス側が薩摩を高く評価するようになる。
薩摩藩のほうもイギリスと戦ったことで、その文明の高さや軍事力のスゴサを理解し、イギリスとの友好関係を望むようになる。
まさに相思相愛。
それでお近づきのシルシとして、薩摩藩がイギリスへ温州みかんを贈ったことが「サツマ」の由来になったという。
「温州みかん」は中国の温州から伝わったわけではない。
原産地はいまの鹿児島県の長島とされているから、薩摩藩が温州みかんをイギリスへプレゼントしたことは十分に考えられる。
そして新しく伝わったこの果実を、イギリス人が「SATSUMA」と呼ぶようになったのは流れとしては自然だ。
「ジューシィなサツマ(みかん)の香り」
このフレーズの背後には生麦事件や薩英戦争といった、幕末の薩摩藩とイギリスによる対決と友好の歴史があった。
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