日本を好きな外国人を英語で「Japanophile」(ジャパナファイル)という。
ジャパナファイルになったきっかけはいろいろあるけれど、時代劇の『子連れ狼』を見たことで、日本に興味をもったという外国人は友人のドイツ人しか知らない。
「世界観が独特ですごく印象に残ったんだ!」と言われてみればその通りで、ヨーロッパ世界から見れば江戸時代の日本は異世界転生レベルで違う。
『子連れ狼』の衝撃でジャパナファイルへ転身してから、彼は日本語を学ぶようになり、その武者修行もかねてことしの5月に日本へやってきて東京から種子島までを旅行する。
母国へ戻ってから2週間ほどが過ぎたころ、彼と話をしてると「また日本に行きたい」と言い出すから、「『子連れ狼』の影響どんだけでかいねん」と驚いた。
彼がそう思ったのは日本が魅力的だからというよりも、いまのドイツが絶望的だから。
ドイツ人がドイツ人にうんざりして、日本が輝いて見えた原因はコレだった。
*「FREE LINA」という言葉に注目。
第二次世界大戦中、ヒトラー率いるナチスがユダヤ人を”劣等な民族”と決めつけ、その絶滅を目的に大量虐殺を行った。
そのホロコーストの直接の責任はないとしても、ドイツ国民はいまでもその重荷を背負っている。
にもかかわらず、ナチスの思想に共感する差別主義者のネオナチ、日本風にいれば「反社(反社会的勢力)」がいて、こいつらがよく騒ぎを起こす。
こんな極右集団に反対する人たちもいるから、そんな左翼の人たちが抗議デモをしたところ、激怒したネオナチに襲われてメンバーがケガをした。
それがきっかけで上のような騒ぎが起こる。
…という話だとカン違いをしてしまった。
友人のドイツ人とは英語で話をしていたから、聞き取りにくかったり、むずかしい言葉もあったりしたのだけど、それ以上にボクの先入観が誤解の原因だ。
実際には被害者と加害者は逆で、数年前、左翼(極左)の人間に襲われたネオナチのメンバーが命にかかわる重大なケガをした。
で先日、裁判所が暴力行為を犯した4人の活動家に有罪判決を下し、リーダーだった28歳の女性(LINA)に禁固5年の懲役刑を言い渡す。
するとその判決に怒った極左集団が街に出て「リナを解放しろ!」と叫び、上のような抗議デモをして警官隊と衝突。
「不当判決」と書いた紙を見せるのではなくて、「仲間を釈放しろ!」と要求するのはまるでテロリストだ。
実際に起きたのはこんなコトだったのに、ボクの頭の中では「ネオナチ=絶対悪」というイメージがあったから、友人の話をそれに合わせて解釈しようとしたから誤解した。
ネオナチという闇に反対する人たちは光属性の人間と思い込んでいたから、ネオナチが被害者だったというのはまったくの想定外。
犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになる、みたいな。
米CNNにこの件についての詳しい記事がある。(June 3, 2023)
Germany braces for far-left protests after activists are jailed over attacks on neo-Nazis
内務大臣は国内の極左集団には「極端な残虐性」があり、自分たちと考え方の違う”敵”を攻撃することに抑制が効かなくなっているから、いまのドイツ社会には「重大な危険」があるとの認識を示す。
攻撃を受けた極右(ネオナチ)側は報復を示唆しているし、もう泥沼の未来しか見えない。
友人に言わせると、あれは抗議デモではなくて暴動。
秩序もルールも無視して暴れ回っているだけ。言論の自由を言いワケにした身勝手な暴動(riot)だと。
上の映像はライプツィヒ(Leipzig)のもので、彼の住んでいるブレーメンでも暴動が発生していろんな物が破壊された。
差別や排外主義を否定するために殴りかかる人間は、彼にとってはネオナチと同類だ。
暴力を使ってでも、世の中を良くしようと考える連中を彼は心の底から軽蔑している。
ドイツ社会において言論の自由は最高位にある理念で、彼もそれを尊重しているが、「限度ってもんがあんだろ!」と腹の立つことが多いらしい。
コロナ禍の最中に、ノーマスクを叫ぶ人たちを見た時もそう。
ドイツで人がバタバタと死んでいき、病院がパンク状態になって政府がマスク着用を訴えると、「個人の自由や権利を奪うな!」と怒ったバカ&アホが大集結して大声で抗議活動をする。
デマに扇動された連中が自分の権利を守ろうとすることで、生きる権利を奪われる人たちがいると考えると、言論の自由には最低限の知性が必要だと彼はつくづく思った。
それと心の広さも必要だ。
みんなが自由に自分の意見を言うようになると、当然、それに対する異論や反論も聞こえてくるようになる。
そういう時にはフランスの哲学者ヴォルテールみたいに、
「あなたの意見には賛成できない。でも、あなたがそれを主張する権利は死んでも守る」
となればいいのだけど、
「あなたの意見には賛成できない。あなたがそれを主張するなら死んでもらう」
とばかりに暴力をふるう人間がドイツにいる。
*ちなみに最近では、これはヴォルテールの言葉ではないという説もある。
声をあげるのはいいけど、手をあげてはいけない。
知性や寛容の精神がないのに、言論の自由を振りかざす集団がいるから社会は混乱する。
ドイツでは右にも左にもそんな独善的な人間が増えていて、おたがい相手に自分の権利をぶつけるからそれが刺激になって過激化していき、暴力には暴力で返すから負のスパイラルが止まらなくなる。
友人の目にいまのドイツ社会はこう映るから、そんな騒乱とは無縁の日本で静かで平和に暮らしたいと彼は思う。
『子連れ狼』に衝撃を受けた10年ほど前から、日本人の考え方や行動について、想像と実態が違ったことは多々あったが、自己主張より自己抑制を優先したり、周囲の人に配慮して行動したりするイメージは裏切られたことがない。
コロナの対応を見てもそう思ったし、民衆と警官隊が衝突するような暴動が各地で起こることも想像できない。
こちらとあちらを比較すると、彼の口からは「日本はいいなあ…」とため息が出てしまう。
確かに日本では、個人個人が自由と権利を主張するだけでなく、それが暴走して意見の違う人間に殴りかかって、社会的な騒乱に発展する気配はない。
でも、投票率の低さなど国民の政治離れが問題になっていて、「日本人はおとなしすぎる。欧米人ならこんな事態には黙っていない!」と不甲斐なさを嘆く人もいる。
「和を以て貴しとなす」の伝統的な価値観と、デモクラシーという西洋的な制度が合わせるとこんな状態になるのだろう。
これがきっかけで、「Japanophile」になる外国人もいたりして。
それは権利か迷惑か? 日本人とドイツ人の“自己肯定感”の違い
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