「その発想はなかった」 コーヒーソーサーの本来の役割

 

インドへ行ったら、そりゃ驚くさ。
たとえば、首都デリーで夕食を食べた後に街を散歩していると、ゾウが前から歩いてやってきた。
東京でそんなことが起これば、すぐに全国ニュースになってネットは大騒ぎになる。
まぁこれほどの出来事はめったにないとしても、インドを旅行していると、小さな文化の違いならよく遭遇する。

20年ほど前、食堂に入って一人でご飯を食べていたら、好奇心旺盛なインド人のおっさんが話しかけてきて、断りもなく、同じテーブルの反対側に座った。
インド人は基本的にフレンドリーだから、経験上、声をかけられることはよくあるが、同じ席に座ってくることはめずらしい。
チャイ(ミルクティー)を注文したそのおじさんは、その地方の変わった飲み方を教えてくれた。
カップを持ち上げて飲むのではなく、カップを傾けてチャイをソーサー(受け皿)に注いで、ソーサーに口をつけて飲み始める。
日本で形成された「受け皿」の概念を破壊され、そのやり方に刮目した。
そのインド人が言うには、この方法の方がカップから直接飲むよりも早く冷めて飲みやすい。
そんなユニークな飲み方を見たのはこの時だけだから、インド全体の習慣ではなさそうだ。

 

最近、歴史にくわしいアメリカ人にこの思い出話をすると、彼はこんな話をした。

「いや、そのインド人は正しいよ。昔、イギリス人も紅茶をソーサーに注いで飲んでいたから、彼のやり方はマナー違反とは言えない。現代ではソーサーの上にスプーンやミルクを置くけれど、もともとソーサーはコーヒーを飲むためのものだったんだ。いまでも、そうやって飲むイギリス人がいるかもしれない」

マジか。
英国紳士が本当に、ソーサーに口をつけて紅茶を飲んでいたのか?
こうした海外のことについては、英語版ウィキペディアの情報がわりと正しい。
調べてみると、確かにそんな説明があった。

熱い紅茶やコーヒーをカップからソーサーに注ぐ人もいる。
液体が空気に触れる面積が広がることで、効率的に冷ますことができる。
これは、18世紀には一般的な飲み方だった。

Some people pour the hot tea or coffee from the cup into the saucer; the increased surface area of the liquid exposed to the air increases the rate at which it cools, allowing the drinker to consume the beverage quickly after preparation. This was very common in the 18th century.

Saucer

18世紀のカップとソーサー
現在の平らなソーサーと違って底が深い。

 

もともとヨーロッパにあったカップには、取ってが付いていなかった。
紅茶は熱湯で抽出しないと良い味にならないから、カップでは、とても熱くて飲みにくかったという事情がある。
それとなぜか、18世紀ごろのイギリスの貴族たちは、カップを持って直接飲むことを下品な行為と考えていた。
そこで彼らはオランダ東インド会社に、カップとソーサーをペアにして作るように頼んで、紅茶をカップからソーサーに移してから飲むようになったという。

ソース:キッコーマンの「世界の食文化雑学講座

つまり、ソーサーは受け皿ではなく、当時はカップのような役割を果たしていたのだ。
でも、いつしか取っ手のついたカップが登場し、ソーサーで飲む方が野蛮に見えてきたから、人々は直接カップで紅茶を飲むようになったらしい。
イギリスの植民地だったインドにも、そんなイギリスの習慣が伝わって、いまでも一部に残っているのだろう。

 

18世紀のソーサー
やっぱり底が深い。

 

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。