【おいでやす】イスラム教徒の観光客が日本に希望すること

 

「春の来ない冬はない」というセリフは、冬を越せなかった人には意味がない。
コロナ禍という氷河期の間に、日本中のホテルやレストランはいくつも消えていったけど、生き残った人たちには朗報が届いた。
今年の6月、訪日外国人客が3年5か月ぶりに200万人を超えたのだ。
このV字回復の理由の一つに、海外から来たイスラム教徒(ムスリム)の存在がある。
彼らムスリムは日本旅行で何を望んでいるのか、それが今回のテーマ。

 

数年前、バングラデシュ人とインドネシア人のイスラム教徒と一緒に車で山中湖を観光していると、

「そう言えば最近、河口湖の近くに礼拝所ができたんですよ。私はまだ行ったことがありません。だから、そこへ行ってみたいのですけど…」

とどちらかが言う。
アッラー(神)に絶対服従するイスラム教徒は1日に5回、サウジアラビアにある聖地メッカに向けて礼拝をしないといけない。
2017年にはJR東日本としては初めて、東京駅にイスラム教徒が礼拝できる場所ができたし、最近では、日本の各地はムスリムを迎え入れる態勢が整えられている。
その流れで、河口湖の近くにも礼拝所ができたというのは、イスラム教徒にとっては朗報だ。
だが断る。
今回はそこに寄る時間がないからアキラメロン。
ボクがそう言うと、「そうですか」と彼らはすんなりとあきらめた。経験上、イスラム教徒の人たちはこんな感じに「とりあえず言ってみる」をよくやる。
お祈りの時間になると、スマホでメッカの方向を確認し、持ってきたカーペットを地面に敷いてコーランの言葉を唱え、両手と両ひざをついてお祈りを始める。

これまで日本の各地を旅行した彼らに話を聞くと、必要なのはハラール対応よりも礼拝所の設置だった。
イスラム教では豚肉やアルコールの摂取が禁止されていて、その条件をクリアした「ハラール(許された)」と呼ばれる飲食物なら口にすることができる。
ただ、イスラム教徒でも食べられるものはコンビニやスーパーで売っているし、自分で作った弁当を持って行ってもいいから、飲食は何とでもなる。
問題は礼拝だ。
アッラーに祈るためには、まず手足を水で洗わないといけない。
それに、日本人には馴染みがないから、自分たちの礼拝を見てビックリする人がいるし、彼らもジロジロ見られたくない。
だから彼らには、水道があって、落ち着いた気分でお祈りができる施設がどうしても必要だという。

 

後で調べると、彼らが言っていたのは2020年にできた「富士河口湖マスジド」のことだった。
そこを利用したあるムスリムはこんな高評価をしている。

「Very convenient to have masjid here in Kawaguchiko so that Muslims can pray and eat halal food :)」
(河口湖にマスジドがあって、イスラム教徒が礼拝をしたり、ハラール料理を食べたりできるのはとても便利です:)

イスラム教徒でなくても、このマスジドで料理を買って食べることができるらしい。
ここでケバブやチャイをテイクアウトして、ベンチに座って富士山を眺めながら食べると、気分がとても良いと書き込む日本人もいた。
ちなみに、イスラム礼拝所をアラビア語で「マスジド」と言い、英語だと「モスク」になる。

 

礼拝をしているイスラム教徒

 

イスラム教徒には飲食物で”縛り”があったり、お寺や神社ではできないこともある。
だがしかし、自然を楽しむことには何の問題もないから、富士山や富士五湖は人気の観光地になっていて、現地ではムスリムへのおもてなしの動きが進んでいる。

読売新聞(2023/07/17)

富士山にムスリムの観光客増加、礼拝スペースの整備相次ぐ…以前は地面で祈る人も

礼拝所を設置したり、ハラール料理を提供したりすることは、現地の人たちにも大きなメリットをもたらしている。
イスラム教徒の観光客が行き先を決める際には、「礼拝スペースの有無が決め手となることもある」と記事にある。
地元ではムスリム用の礼拝場所や飲食を整備し、その位置が分かるハンドブックも配布して、ムスリムのお客さんを積極的に呼び込んでいる。
コロナ禍の厳しい時期に春の到来を信じて、こうした取り組みをしていたところもある。

ただ、ネットを見ると、第三者の日本人の反応はわりと冷たい。

・こんなことを言っちゃいけないんだろうが 面倒だな
・ムスリムは霊峰富士山に登っていいのか?
神道の聖地だぞ。
・これって逆に言えばお国の礼拝所の隣に日系人が神社建ててるよーなもんじゃないのか
・富士山とアッラーか‥こんな相関性が見い出せないのも珍しい
・タバコ吸われるよりいいな

相関性がうんぬんというのは、イスラム教の考え方からすると、富士山はアッラーの創造物になるから関係は大ありだ。
ムスリムの人たちなら、富士山の美しさを目の当たりにすると、「アッラーはやはり偉大だ!」とむしろ神への敬意が深まる予感。
それに、礼拝所が無かったとしても、冒頭のムスリムのように、適当な空き地にカーペットを敷いてお祈りをするだけで、富士山周辺での礼拝行為が無くなるワケではない。
事情の分からないイスラム教徒がそこらで勝手に礼拝をするよりも、そのための施設でする方が誰にとってもいい。

 

コロナ禍の時期には観光客が激減し、富士山のまわりの観光地は大打撃を受けた。
テレビのニュース番組で、お土産屋の店員さんが涙を浮かべながら厳しい状況を語る姿を見ると、同じ日本人として心が痛んだ。
ムスリムフレンドリーを進めて賑わいと儲けが復活して、いっそのこと過去最高を記録すればいいのだけど。

ただ、無関係の日本人に、こういう動きはあまり受けがよくないのは知ってる。
「他人には寛容を要求するのに、自分たちは妥協しない」とムスリムに批判的な人は少なくない。
でも、観光地でイスラム礼拝所やハラール対応の食事が増えたところで、自分が具体的に損をすることはない。
訪日外国人が増えれば、全体的には日本が得をする。
イスラム教徒を歓迎する動きについては、富士山のように悠然と見ていればいいし、無視してもいい。
ムスリムフレンドリーのウェーブに乗って、ケバブやチャイを楽しむのもいい。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。