いまや世界中で人気の日本人が忍者。
知人のドイツ人は侍との違いを、「昼に活動するのがサムライで、夜になると動き出すのがニンジャ」と表現した。
まぁ、確かにそんなイメージはある。
日本では、本物の忍者はもう100年以上前に姿を消した。
いま見かけるのはハロウィンや観光地にいるコスプレ忍者や、このまえ行なわれた「忍者選手権」の忍者ぐらいなもの。
「忍者選手権」は素人参加型のイベントで、手裏剣投げ、塀飛び、城壁登りなどをして成績を競い、優勝者にはトロフィーや免許皆伝巻物、さらに海外旅行がプレゼントされる。
現在の日本にいるのはこんなほのぼの忍者で、夜にあんな恰好でいたら、警察の職務質問を受けてしまう。
「このごろ都ニハヤル物 夜討(ようち) 強盗 謀綸旨(にせりんじ:にせの天皇の命令)……」
鎌倉幕府が滅亡して、1333年に後醍醐天皇が建武の新政をはじめたころ、京都の二条河原にこんな落書が掲げられた。
このメッセージは、政治がうまくいっていないから、強盗や夜討(夜間に敵を襲撃すること)などがあちこちで起こって社会が混乱していると、後醍醐天皇の新政を批判しているのだ。
この「二条河原の落書」は日本の歴史上、もっとも有名な落書と言われる。
さて、数ヶ月前にイラン人から聞いた情報によると、このごろイランの都テヘランで流行っているのはこんな「ニンジャガール」らしい。
女子中高生が街中でバク転とかバク宙とか、体操競技のアクロバティックな技を披露し、それを動画に撮ってSNSにアップするのが、イランのくノ一(女忍者)か。
うん、よく分からない。
でも、海外の「NINJA」にツッコんだらキリがない。
本物の忍者とかけ離れていても(日本にもいないが)、イランの女の子が楽しんでいるのならそれでいいじゃないの?
…と、そんなことを思ったら、じつはこれには深い意味があるらしい。
知り合いのイラン人情報によると、これは本質的には体操よりも「二条河原の落書」に近い。
バク転やバク宙をするこの女の子たちの背景にあるのは、イラン政府のこんな動きだった。
CNNニュース(2023.08.03)
ヒジャブ不着用の女性に長期刑、AIで監視徹底 イラン政府が厳罰化の法案提出へ
イランでは、イスラム教の教えに従い、女性が町中を歩くときは、ヒジャブという布を頭に巻いて、髪を隠すことが法律で義務づけられている。
昨年の9月、イラン人女性のマフサ・アミニさんが「ヒジャブの着用方法が不適切だった」という理由で道徳警察に拘束され、数日後に死亡した。
このとき多くの国民は、道徳警察がアミニさんに暴行を加え、彼女を死に至らしめたと考え激怒する。
これがきっかけで、イラン全土で大規模な反政府デモが発生し、2022年までに200〜470人ほどの死者を出し、約2万人が拘束された。
イランの最高指導部にとっては、「イラン・イスラム共和国の樹立以降で最大とも言える試練」と言われるほど深刻な事態となる。(マフサ・アミニの死)
このころからイランでは、多くの女性が政府や道徳警察への抗議の意味で、ヒジャブをかぶらず、自分の好きな格好で街を歩くようになった。
大勢の女性がこんな大胆にタブーを破ることは、以前のイランでは考えられなかったことらしい。
ただ、首都テヘラン以外の地方では、相変わらずヒジャブをかぶって外へ出る女性がほとんどらしい。
忍者の恰好は髪を隠しているから、イスラム教の教義に合っていると思った。
髪をさらけ出して、アクロバティックなワザを見せた「ニンジャガール」たちも、女性が自由に行動する姿を見せつけ、暗にイスラム教やイラン政府を批判しているのだという。
イスラム教では、女性は体形が分かるような服装を避け、全身を覆うゆったりとした服を着ることが求められる。
Tシャツを着て腕を見せ、ズボンを履いた女忍者たちの恰好は反イスラム的で、政府にとっては挑発的だ。
本人たちは「反」ではなく、「脱・イスラム」を意識しているかもしれないが。
政府やイスラム体制に対するデモには大きなリスクがあるから、あんなマイルドな方法を取っているのかもしれない。
だから、見た目はまったく違うが、意味的には、建武の新政を批判する落書に近い。
ただ、ニンジャガールの目的は政府への抗議がメインなのか、その意味を含めているだけかは不明。
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