いきなりだけど、クエスチョンだ。
天皇家の皇祖神、天皇のはじまりとされる神・アマテラスが祀られているのが伊勢神宮。では、歴代の天皇の中で、初めて伊勢神宮を参拝した天皇はだれ?
ちょっと脱線。
今、「こうそしん」を漢字変換してリターンキーを押したら、「天皇家の控訴審」になってビビった。まえに秋田県が「悪天候」を「悪天皇」と間違えたことに気づかず、そのまま案内状を送ってしまった一件が頭に浮かんだ。
閑話休題
日本の歴史上、初めて伊勢神宮を参拝したのは明治天皇で、それは1869年の4月23日のこと。
7世紀に持統天皇が参拝したという説もあるが、「100%確実です!」と自信を持って言えるのは明治天皇だ。
明治天皇の一生には「初めて」があふれている。
歴代天皇の中で、最も日本の東へ移動したり、富士山を見たりした初めての天皇が明治天皇で、ひょっとしたら、太平洋を見た最初の天皇も明治天皇だったかもしれない。
今回は、そうなった歴史的な背景について書いていこう。
東京へ入る明治天皇
1867年の10月、「カエサルのものはカエサルに」で、将軍・徳川慶喜が政権を朝廷へ返上した。この大政奉還によって、江戸時代は終了する。
*「カエサルのものはカエサルに」とは、本来の所有者に返すってこと。
翌1868年、江戸城が無血開城され、主人を失った城は「カラッポ」となる。
それは庶民の心も同じだった。
約260年の間、そこには将軍がいて、江戸は日本の中心地として発展し、幕府が安全を保証していた。なのに、それが崩壊してしまったから、庶民は「精神的支柱」を失い動揺した。
江戸の統治も不安定になり、治安も悪化していった。
このままでは江戸は政治的価値を失って見捨てられ、「いらない子」の扱いを受けてしまうのでは?
江藤新平らは、そんな市民を安心させるために、江戸を「東京」と改称し、天皇に江戸へ来ていただくことを主張した。
明治天皇はそれを受け入れ、1868年に「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」が出され、江戸は東京となった。
そして天皇による Journey to the East、明治天皇の東京行幸(ぎょうこう)が発表される。
当時、明治天皇は16歳だった。
明治元年(1868年)の11月4日、明治天皇は御所の建礼門から出て、東京への旅がはじまった。
岩倉具視や伊達宗城、木戸孝允といった明治のVIPをはじめ、3000人以上がお供をする大行列だったという。
この旅路の途中で、天皇は伊勢神宮に参拝しなかった。
この時はいまの三重県鈴鹿郡のあたりから、遠く離れた神宮を拝んだ(遙拝)だけで終わる。
天皇はそのまま東へ向かい、名古屋では農民が田んぼで仕事をしている様子や、収穫された稲などを見た。
農民の作業をご覧になる明治天皇 in 名古屋
明治天皇が現在の静岡県湖西市に来た時、初めて太平洋を見たことから、それを記念して「潮見坂公園」が作られた。
さらに東へ進んで大井川に到着すると、日本の歴史で初めて富士山を見た天皇となる。
このとき天皇がどれだけ感動したかは、周囲の者たちに「東京へ着くまでに、富士山についての和歌を作っておくように」と命じたことから想像できる。
神奈川の大磯では、浜で漁夫たちの地引き網漁を見学する。
捕まえられた魚が運ばれてくると、それを見た天皇は笑顔を浮かべて喜んだという(記録には「天顔頗る喜色あり」とある)
そして京都御所を出てから22日後、11月26日に江戸城へ入城した。
こうして江戸の庶民に大きな安心感を与えた後、明治天皇は翌年に伊勢神宮を参拝した。
アマテラスを祀る伊勢神宮への明治天皇のお気持ちは、この和歌に表れている。
「とこしへに民やすかれといのるなる わが世をまもれ伊勢のおほかみ」
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