知人のアメリカ人が10年ほど前、ニューヨークの大学で日本文化について学んでいて、いまでも印象に残っている授業があったという。
それは「金継ぎ」だった。
「あ〜、金継ぎね。なにそれ?」という人のために簡単に説明すると、金継ぎ(きんつぎ)とは、壊れた陶磁器をオシャレに修復する日本の伝統的なテクのこと。
これは漆(うるし)を接着剤のように使って、割れた陶磁器を修復する技法で、乾燥した漆の接着力は強力だから、これはとても効果的で理にかなっている。
ただ陶磁器を直すだけでなく、漆にたくさんの金粉を含ませるから、接着部分の「線」が金色に見えて美しくなる。
日本人とウルシの関係は長く、縄文時代の土器や建築物に、漆が使われたことが判明している。日本人は漆の性質をよく知っていて、その扱いに慣れていたため、漆を使って修復することは昔から行われてきたのだ。
金粉を使った金継ぎがいつ生まれたかは分からないが、戦国時代の末期、千利休がこの技法を高く評価したことで、日本に広く知られるようになった。
一度壊れても、金継ぎによって復活した陶磁器を日本神話にたとえ、「黄泉(死の世界)の国からよみがえったもの」として尊重されたという。
金継ぎには、金粉の輝き(発色)を良くするための漆を選んで使うなど、高度な知識や技術が要求されるから、この技法が完成するには長い時間を必要とした。
話を戻すと、知人が受けた大学の授業で、日本文化を代表するものとして教授が選んだのが金継ぎだった。
西洋人の常識や感覚なら、落として壊れた陶磁器は捨てるか、気に入ったものならお金を出して修復する。きれいに修復できたとしても、ふつうは元のものより価値は低くなる。
それが金継ぎを使えば、「金色の線」を入れることでオリジナルに新しい価値や美しさを加え、むしろ価値が高くなる。そんな日本人の美意識や発想は西洋と逆だから、知人はとても印象的だったという。
個人的には、彼女からそんな話を聞いて、海外でこの日本文化はわりと有名だということを初めて知った。
そんな日本の伝統技法が思わぬところで使われ、波紋を呼んでいる。
昨年の10月、イスラエルがイスラム原理主義組織ハマスの奇襲攻撃を受け、1000人以上が殺害され、200人以上が拉致された。これによって、イスラエルの報復攻撃が始まり、ハマスが潜伏しているガザ地区では壊滅的な被害が出た。
さらにイスラエル軍はレバノンにも攻撃を行い、イランがイスラエルにミサイル攻撃をするなど、戦いは拡大し、民間人の犠牲は数万人に達している。
イスラエル軍は最近、レバノンで平和維持の活動を行っていた国連の平和維持軍にまで攻撃を加え、世界各国から強い非難を浴びた。
イスラエル軍は最近も、レバノンで平和維持活動を行っていた国連軍にまで攻撃を加え、世界各国から強い非難を浴びた。
イスラエルに対し、世界中の視線が冷たくなるなか、イスラエル外務省の戦略問題担当審議官が国連で演説を行い、ユダヤ人が歩んできた苦難の歴史を「金継ぎ」を使って説明した。
「陶磁器が壊れても、金継ぎによって前よりも強く美しくなる。」
「金継ぎの考え方はユダヤ人にふさわしい。壊れた部分を隠さないように、私たちも傷(苦難の歴史)を隠さない。」
「陶磁器が金継ぎで何度も修復されるように、イスラエルは何度破壊されてもよみがえる。私たちの“生きる”という意志は決して壊されない。」
イスラエルは国連でそんなことを世界に訴えた。
As the Jewish people mark the holiest day of the year, Yom Kippur, @MeiravEShahar’s message at the @UN draws a powerful analogy between the Jewish people and Japan’s centuries-old art of kintsugi. May the New Year bring peace and joy to all people: https://t.co/NttXGjlvug
— ラーム・エマニュエル駐日米国大使 (@USAmbJapan) October 11, 2024
イスラエルがハマスに対し、虐殺を非難したり、人質の無条件解放を要求したりするのは当然。しかし、日本の伝統的技法を持ち出して、イスラエルの報復攻撃を正当化してはいけない。
最悪のタイミングで金継ぎを引き合いに出され、日本は“事故”に巻き込まれたから、この発言はネット民を刺激した。
・そういうので褒められても困るわ
・命は金継ぎできませんよ
・元々すごく大事にしてるから手間暇かけても直すって話だろ
最初から壊すこと前提の技術じゃない
・俺達は金を持ってるからいくらでも金継ぎできるってこと?
・日本政府から何らかのコメント引き出して仲間に入れようとしてんの?
きのうイスラエルのカッツ外相は、ハマスの最高指導者を殺害したと発表し、これはイスラエルの道徳的業績であり、自由世界全体の勝利と宣言した。ネタニヤフ首相も「恨みを晴らした。悪は打撃を受けた」と述べたが、戦闘はまだ続けるという。
歴史において、罪のない多くのユダヤ人が虐殺されたのは事実で、その傷を癒やすために金継ぎを持ち出すのはOK。しかし、千利休が広めた日本の伝統技法を戦争継続のために利用するのはノーサンキューだ。
2000年前ぶりの帰還:ユダヤ人はイスラエル建国をどう思う?
これは、イスラエルに対する世界中の非難が強くなる中、日本文化を持ち上げて日本人をおだてて、日本を味方につけよう(そこまでいかなくても日本からの非難を少しでも和らげよう)とするイスラエルの戦略でしょうね。
まあでも、日本人も、たかが「金継ぎ」を褒められたくらいでイスラエルに対する世論は変わらないと思います。それどころか、そもそも戦争が嫌いな日本人にしてみれば、こんな主張に日本文化を引き合いに出されては、(ブログ主の言う通り)かえって逆効果では。