負けるまでは無敵艦隊!スペインが歴史上、最も輝いていた時代

 

はじめの一言

「日本が(明治維新を敢行しようとして。編者注)かくも多くの新思想と新制度をまるごと呑みこむ能力を、外国人たちはしばしば呆然として驚き眺めるのみであった。(チェンバレン 明治時代)」

「日本絶賛語録 小学館」

 

*はじめに

この記事では、「ヨーロッパの歴史(欧州共通教科書)」から多く引用しています。
これは、ヨーロッパ人の歴史家がヨーロッパの若者に向けて書いた歴史教科書です。

それには、こんなねらいがあります。

本書は、ヨーロッパの青少年たちが学習に際して利用できるよう特別な配慮の下に作成され、ヨーロッパ史の教科書のひな形、最初の汎ヨーロッパ史的教科書とみなすことができるでしょう

ヨーロッパ人に共通するすべてのもの、ヨーロッパという語に一定の意味を与えるすべてのものを理解することができるのです

「ヨーロッパの歴史 (東京書籍)」

 

ヨーロッパの歴史を学ぶなら、ヨーロッパ人と同じ歴史認識を持った方がいいです。
日本人が書いた日本人向けの歴史本は、この点で弱いです。
ヨーロッパ的な価値観や考え方を知るなら、この教科書が最適です。

 

今回の内容

・前回のまとめ
・無敵艦隊について
・スペイン人は使わない
・スペインが歴史上、もっとも輝いていた時代

 

・前回のまとめ

スペインはネーデルランド(オランダ)と戦っている最中に、イギリスとも戦うことを決めた。

よせばいいのに。

フェリペ2世はイギリスへの侵攻する決意を固めた。

それはオランダ人反徒たちへのエリザベス1世女王の後押しに直面し、またアメリカ大陸のスペイン領に加えられるイギリス艦隊の攻撃に業をにやし、そしてさらに女王メアリースチュアートの処刑に憤激したからであった

「ヨーロッパの歴史 (東京書籍)」

 

処刑された「女王メアリースチュアート(メアリ1世)」というのは、スペイン国王フェリペ2世の妻。
愛する奥さんを処刑されたら、ダンナとしては黙ってられない。

これも理由のひとつになって、フェリペ2世はイギリスとの戦争を決意。
スペインが誇る大艦隊「アルマダ」をイギリスに向かわせた。
これが「無敵艦隊」と呼ばれるもの。

 

・無敵艦隊について

サッカーのスペイン代表チームをよく「無敵艦隊」と言う。

イギリスを撃破するためにフェリペ2世が送った「アルマダ」がこの由来になった。

(サッカースペイン代表チームについて)日本では無敵艦隊の愛称で知られる

(ウィキペディア)

 

でも、個人的に「これはおかしくないか?」と思っていた。

なぜなら、「無敵艦隊」といっても、このときはイギリスに負けているから。
それも惨敗ざんぱい

1588年、無敵艦隊(アルマダ)はスペイン軍部隊を載せてイギリスへと出撃したが、英仏海峡でイギリス艦隊の攻撃にあい、さらに嵐にも遭遇して壊滅的打撃を受けた。

「ヨーロッパの歴史 (東京書籍)」

 

まるで、元寇のときに吹いた神風みたいだ。
それにしても、なんで「壊滅的打撃を受けた」のに「無敵艦隊」と呼ばれるようになったのか?

それで「おかしいなあ」と思っていたら、この「無敵艦隊」という言葉は、スペインがつけた名称ではなかった。

世界史用語集(山川出版)には「イギリスがつけた呼称で」と書いてある。
スペインのアルマダを「無敵艦隊」と呼んだのはイギリスだった。

 

でもこれは、スペインにしたらけっこう屈辱的。

イギリス軍が撃破した艦隊を、イギリス人が「無敵艦隊」と呼んだ。
ひどい嫌味だと思う。

こういうイギリス人のネーミングセンスは、割り勘を「ダッチペイ(オランダ人の支払い)」と表現したことにも通じる。
軽く相手をバカにしたような名前のつけ方をする。

アメリカ人がミッドウェー海戦で大打撃を与えた日本艦隊を「無敵艦隊」と呼んだら、日本人としては良い気持ちはしない。

 

イギリス人がいつ「無敵艦隊」と名づけたのかはわからない。

スペインとの戦いの前から、イギリスがアルマダを「無敵艦隊」と呼んでいたら、これまでの解釈は変わる。
それなら、イギリス人がこの艦隊に対して、恐怖やおそれを持っていたということだろう。

実際、イギリスと戦ってボロ負けするまで、アルマダはすごかった。
とくにオスマン・トルコ帝国と戦った「レパントの海戦」では、世界史に残るような歴史的な勝利をしている。

レパントの海戦 1571

オスマン艦隊がスペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇などの連合艦隊に敗れた海戦。レパントはギリシアの町。オスマン艦隊は翌年に再建されたが、この勝利はカトリック教徒に大きな勇気と希望をもたらした

「世界史用語集 (山川出版)」

トルコ艦隊を打ち破り、オスマン帝国の不敗神話に終止符を打った

「ヨーロッパの歴史 (東京書籍)」

トルコの「不敗神話」を打ち破ったのなら、「無敵艦隊」の名にふさわしい。

 

・スペイン人は使わない

ところで、スペイン人はこの「無敵艦隊」という言葉を使うのだろうか?

調べてみたら、スペイン人は使わないらしい。

史上の「無敵艦隊」は1588年のアルマダの海戦でイングランド艦隊に壊滅的敗北を喫したためスペインでは使用されない

(ウィキペディア)

 

日本のテレビや雑誌では、サッカー・スペイン代表を「無敵艦隊」とよく言う。

けど、これをスペイン人が聞いたらどう思うのか?
「無敵艦隊」というのはイギリスに負けした屈辱の歴史だから、不快にならないだろうか?

スペイン人が気にしなかったらいいんだけど。

 

・スペインが歴史上、もっとも輝いていた時代

このときのスペインは、最悪の状態。
イギリスとの戦いには負けるし、オランダには独立宣言をされてしまう。

この前まで、スペインは世界の超大国だった。
レコンキスタを完成させて、イベリア半島に「キリスト教の国」を実現させている。
レパントの海戦では、オスマントルコの艦隊を撃破した。

1565年には、「スペイン君主の他を圧する勢威は疑う余地がなかった(ヨーロッパの歴史 東京書籍)」という。
まさに無双状態。
スペインは当時のヨーロッパで最強国だったと言っていいと思う。

でも1580年にスペインはさらに「進化」する。

 

日本に初めて来たヨーロッパ人は、ポルトガル人といわれている。
1543年に種子島に来た人たち。

でも、それからすぐに、ポルトガル人は消えてしまう。

なぜならポルトガルは、1580年にスペインに併合されてしまったから。
スペインに吸収されて、ポルトガルはスペインの一部になった。

スペインはこの併合によって、すべてのポルトガルの植民地をスペイン領にする。

ここにスペインの大帝国があらわれた。

日の沈まない国

「常にその領土にいずれかで太陽が昇っている国」の意。
ヨーロッパ・アフリカ・アジア・アメリカ大陸にまたがる世界帝国スペインをたとえている

「世界史用語集 (山川出版)」

 

このときのスペインは歴史上もっとも輝いていた。
スペイン黄金時代の王が、これまで何度も登場しているフェリペ2世。

ちなみにフィリピンという国名はフェリペ2世からつけられている。

 

King_PhilipII_of_Spain

フェリペ2世(ウィキペディアから)

 

この「日の沈まない帝国」のケチのつき始めが、1588年の無敵艦隊の敗北だったと思う。
この後、オランダに独立されてしまって、スペインはどんどん力を失っていく。

*ちなみにこのころ(1582年)、日本では本能寺の変が起きて織田信長が明智光秀に殺されている。
このあと秀吉が天下を統一して、日本は新しい時代を迎えることになった。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。