日本を1番好きな国はタイだった!
2016年の電通の調査でそんな結果がでている。
日本の皇室はタイの王室と交流があって、日本とタイの関係はむかしからとても良い。
とくに、昨年亡くなられたプミポン前国王と天皇陛下とは親交がふかかった。
3月5日に、天皇皇后両陛下がプミポン前国王を弔問(ちょうもん)するためにタイを訪問されている。
このことからも、天皇陛下とプミポン前国王との関係の深さがわかる。
NHK NEWS WEBの記事に、このときのタイ市民の声がある。
40歳の女性は「両陛下がご高齢にもかかわらず弔問に来てくださることに感激しています」と話していました。
また、32歳の男性は「両陛下が私たちと同じようにプミポン前国王を思ってくださったことを本当にうれしく思います。両陛下と前国王が親交を深められたことで、日本とタイの交流も深まってきたのだと思います」と話していました。
「天皇皇后両陛下 タイ訪問し新国王に弔意表す」
最近こんなことがあったから、今回はタイと日本の関係やプミポン前国王と天皇陛下とのご関係について書いていきたいと思う。
今年2017年は日本とタイの外交関係ができてから130周年目という記念すべき年。
日本とタイ(シャム)は、1887年に修好通商条約を結んでいる。
外務省のHPにそのことが書いてある。
まさにこの時期、日本とタイは正式な国交を開始しました。
すなわち1887年(明治20年)9月26日、「日暹(にちせん)修好通商に関する宣言」(日タイ修好宣言)により、正式に国交が開かれたのです。「日タイ交流の歩み」

タイのプミポン前国王と天皇陛下との友好を象徴するものは、なんといっても「ナイルティラピア」という魚だろう。
タイではナイルティラピアを「プラー・ニン」と呼んでいる。
話は1965年にさかのぼる。
この年、天皇陛下(当時は皇太子)がタイを公式訪問された。
そのときのタイでは、多くの国民が動物性たんぱく質に不足していて困っていたという。
この問題を解決するために、プミポン前国王がタイの国民のために、育てやすい魚を探しているという話を天皇陛下にされた。
日本に帰国されてから、陛下は50匹のナイルティラピアをプミポン前国王に贈られている。
今、そのプラー・ニン(ナイルティラピア)はタイ全土に広まっていて、国民から親しまれる魚になっている。
先ほどのNHKのニュースでも、このティラピアにふれている。
稚魚をもらいに来ていた市民は「育てて自分たちで食べることも、売ることもでき、天皇陛下の優しさに感謝しています」と話していました。
「天皇皇后両陛下 タイ訪問し新国王に弔意表す」

タイでは、国王は神のような存在になっている。
これは、アンコール時代のカンボジアにあった王権思想の影響が強い。
タイの街中では国王の写真をよく見る。
上の写真は、空港の通路にあったプミポン前国王のもの。
国王の写真が、まさかこんなところにあるとは思ってなくてビックリ。
タイを旅行しているときには、イオンのようなショッピングモールの入り口でも、国王の大きな写真があるのを見た。
タイの市民には、国王の写真に手を合わせて頭を下げてからショッピングモールに入る人もいる。
これは、タイではごくありふれた日常の光景のひとつ。
タイを旅行していて、国民と王室の結びつきの深さはとても印象に残った。

日本とタイは「君主がいる国」という点ではおなじだけど、社会での国王と天皇の存在のありかたは大きくちがう。
日本では、昭和天皇が天皇の神格を否定している。
それが、いわゆる「人間宣言」というもの。
てんのうにんげんせんげん【天皇人間宣言】
1946年(昭和21)1月1日に出された、昭和天皇の詔書の通称。天皇自ら、自己の神格を否定した内容をもつので、この名がある。
大辞林 第三版の解説
タイの国王が人間宣言のようなことしたとは聞いたことがない。
この宣言の有無が、日本とタイでの君主のあり方のちがいに影響を与えていると思う。
でもその前から、日本での天皇とタイでの国王では、その役割がちがっている。
タイのラーマ5世は親政をしたけど、明治天皇はそれはしなかった。
このことは、日本の天皇とタイの国王のちがいをよくあらわしている。
あと、日本とタイの関係で意外なところでは、プミポン前国王の意思をうけてタイ政府の関係者が靖国神社を参拝をしている。
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