毒ガスの歴史。人命を救うために開発し、大量虐殺で使われた。

 

今日(2017年11月02日)、読売新聞にこんな記事があった。

予算内で手配出来ず…「毒ガス」ビラで旅先変更

記事を読んだら、これは本当にどうしようもないほど幼稚な事件だった。

40代の男が小学校の保護者会から、児童旅行の手配を依頼されたが、予算内では金沢旅行に行けないことが判明する。
そこで男は金沢市内の複数の場所に、「神経ガス散布車が金沢市内を走行する」と書かれたビラを貼り、旅行に行けない状況を作ろうとしたら、警察に逮捕されたというオチ。
しょうもない話はここまで。

 

実際に毒ガスを使って、人を殺した出来事といえば「ハラブジャ事件」が思い浮かぶ。
イラン・イラク戦争の最中だった1988年にこの事件が起きた。
当時のサダム・フセイン政権が毒ガス(化学兵器)を使って、クルド人を大量虐殺した。
このときクルド人が住んでいた「ハラブジャ」から、これがハラブジャ事件と呼ばれるようになる。

 

今年2017年にも、シリアのアサド政権が毒ガス兵器を使用し、20人以上の子どもを含む100人以上の犠牲者を出して世界中を怒らせた。
「これは人道への侮辱だ」と激怒したアメリカのトランプ大統領は、すぐにシリアへのミサイル攻撃を決断する。

アメリカ軍はシリアの空軍基地に、約50発もの巡航ミサイルをぶちこんだ。
くわしいことは、ニューズウィーク誌の記事(2017年4月7日)をどうぞ。

米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置

 

シリアで使われた毒ガスは分からないけど、イラクのハラブジャで使われた毒ガスは、ナチス・ドイツがユダヤ人を虐殺したときに使った毒ガスととても似ていると指摘されている。

 

アラビア半島にあるイエメンの首都サヌア

 

天才アインシュタインが、「天才」と呼んだ科学者がドイツにいた。
それがユダヤ人のフリッツ・ハーバー博士。

フリッツ・ハーバーはノーベル化学賞を受賞している。

 

フリッツ・ハーバー

 

フリッツ・ハーバーは毒ガスを開発したしたことで知られている。
このことから、「化学兵器の父」とも呼ばれる。
フリッツ・ハーバーが毒ガスをつくり出したのは第一次世界大戦のとき。
1915年に人類の歴史上初めて、ドイツがフランスに毒ガス攻撃をおこなった。

毒ガスをあびたら、人間はどうなってしまうのか?

第1次世界大戦に従軍していたドイツのレマルクという作家が毒ガス攻撃についてこう書いている。

僕は野戦病院で恐ろしい有様を見て知っている。
それは毒ガスに犯された兵士が、朝から晩まで絞め殺されるような苦しみをしながら、焼けただれだ肺が、少しずつ崩れてゆく有様だ。

「西部戦線異常なし レマルク(新潮文庫)」

 

なんでフリッツ・ハーバー博士は毒ガスを作り出そうとしたのか?

それは”善意”だった。

戦争が長引けば、それだけたくさんの人が死ぬことになる。
できるだけ戦争の犠牲者を少なくするには、戦争を早く終わらせなければいけない。

そこで、毒ガスが出てくる。
毒ガスという新兵器を使うことで、戦争を早く終わらせることができる。
そうすれば、結果的に多くの人の命を救うことになる。

もちろん毒ガス攻撃によって亡くなる人は出てくる。
でも、長い目で見れば、その数以上に救われる人の方が多い。

フリッツ・ハーバーはそう考えた。

 

「できるだけ多くの人命を救いたい」という善意から、フリッツ・ハーバーは毒ガス開発に情熱を注いだ。

でも、その考えを理解できない人もいる。

妻のクララ・ハーバーもその1人で、夫の毒ガス開発に反対し続けていた。
でも、どれだけ自分が言っても、夫は耳をかさない。

毒ガスの研究を続ける夫に抗議するため、クララは自殺した。

 

毒ガスを開発したのは、ドイツにいたユダヤ人の博士だった。
「毒ガス・ドイツ・ユダヤ人」と並べば、「アウシュヴィッツ強制収容所」が思い浮かぶ。
ナチス・ドイツがユダヤ人を大量虐殺するために使われた毒ガス「ツィクロンB」こそ、フリッツ・ハーバーが開発した毒ガスだ。

これは1942年ごろのことで、この時フリッツ・ハーバーはこの世にはいなかった。

 

連合軍が到着したときの収容所の様子

ユダヤ人の死体が放置されている。

 

毒ガスで殺害されたユダヤ人

 

死体はここで焼却されていた。
上の画像は「NHK 映像の世紀 第5集」から。

「人命を救うため」と善意で開発した毒ガスによって、人類史上最悪の大量虐殺がおこなわれた。
これ以上の歴史の皮肉はそうもない。

 

フリッツ・ハーバーは晩年、こんなことを言っていた。

「自分の遺灰はクララと一緒に埋めてほしい」

 

おまけ

なんでナチス・ドイツはユダヤ人を絶滅させようとしたのか?

ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の責任者の1人である「アイヒマン」はこう言っている。

ユダヤ人は、ドイツ国民の永遠の敵であり、殲滅(せんめつ)し尽くさねばならない。

われわれに手のとどくかぎりのユダヤ人はすべて、現在のこの戦争中に、一人の例外もなしに抹殺されねばならない。

今、われわれが、ユダヤ民族の生物学的基礎を破壊するのに成功しなければ、いつかユダヤ人がわがドイツ国民を抹殺するであろう

「アウシュヴィッツ収容所 (講談社学術文庫)」

この考え方はヒトラーも同じ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。