はじめの一言
「日本人の並外れた好奇心には驚かされる。わが国の独創的な発明品の数々を展示すると、彼らはあの手この手で飽くなき好奇心を満足させよとした
(ペリー 幕末)」
「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」
今回の内容
・「略奪文化財」って?
・対馬仏像盗難事件
・「略奪文化財」って?
韓国人の友人と鎌倉の大仏を見に行って、思わぬものを見つけたあせったことがある。
広大な空を天井にして座っている大仏は、相変わらずいい。
これには韓国人も納得の様子だった。
問題は、その大仏の裏にあった「観月堂」という建物。
ここに、この建物が韓国の王宮「景福宮」の中の建物だと説明に書いてあった。
こんなところで韓国の建物があるなんて、まったく想像してなかった。
「これ、韓国の建物だって」と何気なく友人に言ったところ、その友人は驚いたあと不機嫌そうにこう聞く。
観月堂
「なんで韓国の建物が、ここにあるんですか?」
あ、言っちゃいけなかった!
と思ったけど、後の祭り。
この友人は韓国がいう「略奪文化財」を想像していた。
朝鮮半島から流出した文化財の返還問題
朝鮮半島から流出した文化財の返還問題とは、韓国が日本統治時代の朝鮮から流出した文化財の返還を日本やフランスなどに求めている文化財返還問題。
(ウィキペディア)
この問題について、日本は「解決済み」という立場だった。
日韓における文化財の返還が完全かつ最終的に解決済みであり、また正式の手続きにより入手した文化財に返還義務はないとするのが基本的な立場であったが
(ウィキペディア)
不法に奪った物ならともかく、正式な手続きによって手に入れたものなら返す必要はないでしょ。
「立場であったが」の後に続く文が気になる人は、ウィキペディアを見てほしい。
世の中には、終わった問題をよみがえらせる人がいるらしい。
でも、韓国人はこう考えているようだ。
一般に韓国人は日本にある朝鮮半島由来の文化財を日本人が朝鮮から略奪したものとみなしているといわれる
(ウィキペディア)
実際、ボクの友人もこう考えていたと思う。
あの沈黙と不機嫌そうな顔は、絶対にそう。
オレは、知らんからな。
でも、この観月堂は「略奪文化財」ではなくて、正式な手続きをへてここにあるらしい。
観月堂
15世紀中頃、漢陽(今日のソウル)の朝鮮王宮内に建築されたと伝えられる建物で、1924(大正13)年当時これを所持されていた「山一合資会社」(後の「山一證券」)の社長、杉野喜精氏によって、東京目黒の私宅から移築・寄贈されました。
鎌倉観音霊場23番札所ともなっている当山では、今日この建物の中に、江戸後期の作品とみられる観音菩薩立像を安置しています。
先ほどの友人はその後何を言うこともなく、オバマ大統領が絶賛したという抹茶アイスを食べていた。
腹の中でどう思っていたかは知らないけれど・・・。
・対馬仏像盗難事件
さっきも書いたけど、正式な手続きして手に入れた物ならOK。
けれど、盗んだ物だったら元の持ち主に返さないダメだね。
でも、これがスムーズにいかないのが、日韓関係の難しいところ。
それが、今、日韓の外交問題となっている「対馬仏像盗難事件」というもの。
対馬仏像盗難事件(つしまぶつぞうとうなんじけん)とは、2012年(平成24年)に、日本の長崎県対馬市の三つの神社・寺院から、韓国人窃盗団によって重要文化財の仏像2体などが連続盗難された事件。
韓国の裁判所が盗難仏像の日本への返還を事実上拒否する決定を下し、1体は返還されたが未だに1体が未返還なため、日韓間で外交問題となっている。(ウィキペディア)
「盗んだ仏像なんだから、日本に返ってくるだろう」とほとんどの日本人が思っていたはず。
でも、韓国のお寺が、「その仏像は、倭寇によって略奪されたものである」と言って日本に返す必要はないと言い出す。
しかも、韓国のマスコミもそれに同調してしまう。
曹渓宗の浮石寺(プソクサ)が、「観音寺の銅造観世音菩薩坐像は、元々倭寇に略奪された仏像である」と主張して返還しないよう求め、韓国の主要メディアも、元は日本による略奪だったので返還する必要はないとの論調で報じた
(ウィキペディア)
この「元々、日本が略奪した」というのは、根拠がなくて証明もされていない。
言ってみたら、ただの言いがかり。
でも、国内の反日感情に後押しされて、この考えが韓国では「正しい」と広く認められてしまう。
このときのことはボクも覚えている。
このあたりで、日本では韓国に対する不信感や怒りがかなりたまっていったように思う。
そして、韓国の地裁の決定には怒りを通り越して、ただただあきれた。
2013年2月、韓国テジョン地裁は、(中略)日本に仏像を返還してはならない」として事実上の返還拒否を決定した。
(ウィキペディア)
まさか、裁判所でもこんなことを言うとは想像してなくて本当に驚いた。
裁判所よ、おまえもか。
という気分ですよ、本当に。
これは「ブルータス、お前もか」という世界的に有名な言葉のパクリ。
覚えておいて損はないですよ
仏の顔も三度までと言ってなあ・・・。
結局、盗まれた仏像はいまだに日本に返ってきていない。
盗まれた2体のうちの1体は戻ってきたけどね。
このことで、日本の「韓国嫌い」をどれだけ増やしたか・・・。
仏像は返ってこないけど、韓国の関係者が対馬のお寺を訪れてなぜかマスコット人形をもってきている。
浮石寺の創建に登場する人物のマスコットキャラクターの人形や小型の仏像も持参したが、観音寺は「まずはうちの仏像を背負って一刻も早く持ってきて欲しい」として受け取らなかった。
(ウィキペディア)
ウィキペディアの下の記述は、半永久的に残るよ、韓国さん。
金額に換算すれば、このマスコット人形は850円であるのに対し、盗まれた仏像は数億円に相当する。
(ウィキペディア)
当然、対馬では韓国に対する反発が強まる。
まず、仏像を盗まれたお寺のお坊さんは、こう怒っている。
観音寺の田中節孝前住職は、仏像は李氏朝鮮時代の仏教弾圧から守るために対馬に持ち込まれ、大切に守ってきたもので、韓国人から感謝されることはあっても、「略奪」呼ばわりするとは、開いた口がふさがらない、と語っている
(ウィキペディア)
さらに島の祭りから「韓国色」を消した。
1988年から祭名に「アリラン」加え「厳原港まつり対馬アリラン祭」としていた。
しかし仏像盗難事件が起こったため、2013年に、祭名から「アリラン」を削除し、1980年から行われていた朝鮮通信使行列も中止した(ウィキペディア)
そりゃ、島民も怒るだろうね。
韓国の世論も裁判所も「日本には返すな!」っていう感じだから、対馬の仏像は当分、日本には戻ってこないんだろうなあ、と思っていた。
でも、5月に朝鮮日報の記事を見ると、案外そうでもないかもしれない。
それを次回書きます。
おまけ
韓国で長い間、日本に略奪されたと思われていた文化財がじつは韓国の博物館にあった。
そんなあきれる事例があって、産経新聞が記事で報じている。
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