いまの日本には、日本語の分からない人がいるらしい。
といっても、まずは日本人じゃなくて外国人のこと。
日本語教室を運営する企業組合「にほんごの会」が外国人を対象に、鉄道のアナウンスを聞き取れるかどうかのを調査を行った。
ちなみに、その外国人は日本に1年以上いるか、日本語を6カ月以上学習している人たち。
その結果、長い文章や敬語が多い文章では、理解がむずかしいことが分かった。
まあ、あたり前だわな。
「まもなく〇〇駅です。出口は左側です」とか乗り換えの案内はまだ聞き取れる。
でも、運行トラブルのアナウンスが強敵だった。
毎日新聞の記事(2018年6月4日)から。
一方、ほとんどが聞き取れなかったのが事故関連の情報だった。今回の調査では、外国人が最も知りたいのは電車の遅れや地震、事故の情報ということも明らかになった。
「外国人にわかりにくいアナウンス 長文・敬語避けて」
ということで、上の記事は「外国人に分かりやすい日本語で、アナウンスをしたらどうですか?」と呼びかけている。
「扉」を「ドア」、「遅延が生じる」を「遅れる」と簡単な表現にする路線もあるらしい。
でも、外国人が日本語を聞き取れなくても仕方ない。
日本人にもそういうことがある。
ステーキハウスの「フォルクスに行った」を「ボロクソに言った」とかん違いして、怒り出した日本人を知っている。
外国人なら仕方ない。
でも最近では、「日本語を読めない日本人が増えている」ということが話題になっている。
正確に言えば、「日本語の文章を正しく理解できない人」。
読めるけど内容を分かっていない、では読めないと同じ。
例えば、こんなツイーがあったとする。
「今週は暑かったのでうちの会社はサンダル出勤もOKだった」
こんな短い文章を見ても、見当ちがいの反応がくるらしい。
「jbpress」の記事(2018.6.4)から。
「何故今週だけはOKなんだ?」 「サンダル無い人は来るなって?」「暑いならともかく基本はNGだろ」といった反応が一定数返ってくるという内容だ。
こうした反応を返してくる人は、「サンダル出勤がOK」というキーワードだけが目に入っていた可能性が高く、前後の文脈は考慮していなかったと考えられる。
文章は単語じゃない。
前後の言葉から、その単語の意味が決まってくる。
それなのに文脈を無視し、目についた単語だけを取り出して、それを自分流に解釈したら文章を正しく理解できるわけがない。
プライベートの場面で、「フォルクスに行った」を「ボロクソに言った」とかん違いするならいい。
最近では、仕事でそんなことがあるという。
ビジネス上のメールを送っても、相手が内容をちゃんと理解していない。
それで実際にその人に会って話をして、メールの内容を再確認しないといけなくなる。
これが日本の生産性を引き下げてしまう。
ここでいう「文章を読めない人」は高学歴の人ばかり。
学力は高くても読む力がは低い人が、いまの日本で増えているという。
ネットの反応を見ても、これに納得する人が多い。
・スレタイすら読めてない奴もちょくちょくいて頭痛くなるわ
・会話でもそうだけど一部だけ切り取って自分で勝手に解釈する人が多いんだと思う
・今の日本人見てるとマンガにしないと頭に入らない人があまりにも増えすぎた
まじで考えないとダメだとおもうわ
・○○は本日分完売しました、って張り紙見たあとに「○○ないの?」って聞くヤツ結構いるからなw
・メール送ったら電話かけて来て何の件?とか全部喋らせようとするマネージャーが居て殺意が湧いたわ
・リプ付きまくってるツイート見ても、変な方向にどんどん話が進んでて頭痛くなる
・目に留まったワードのみが意識に残って、それ以外の部分を忘れる奴だな
・「文章を読めてない」ってのは正しいよ
「AはBだ」くらいが理解の限界。
「AはBだ、Cの場合においては」という文だともう理解できないよ、大半の日本人は。
その他の意見。
・日本は昔から生産性なんて高くないだろ
長時間働いて生産性の低さをおぎなってただけ
・理解できないのではなく
何通りにも解釈できる文章を書く人間が多いだけ
・増えているんではなくて昔からいる。
昔と違ってだれでも発言できる時代になったから目立つだけ。
「外国人のために簡単な日本語をつかおう」となると、今度は、ますます日本語が分からなくなる日本人が生まれそうだ。
ただ、こういうことが問題になるのは現代だけじゃない。
明治時代にも、「最近の日本人は、日本語が読めなくなった!」と驚いた人がいる。
さて、ここでクイズです。
「一身にして二生を経(へ)る」と言った日本人はだれでしょう?
答えは福沢諭吉。
ミスター1万円ですね。
福沢諭吉(1835~1901)
啓蒙思想家で教育家。
大坂出身で慶応義塾をつくった。
「西洋事情」「学問のすゝめ」「文明論之概略」などの本が有名。
人生の前半を江戸時代、後半を明治時代に生きた福沢は「一身にして二生を経る」と言う。
昭和後期・平成そして次の時代を生きると、「一身にして三生を経る」ことになる。
でも、この三生はだいたい同じだ。
戊辰戦争で徳川幕府を倒して、新政府を樹立するような大変化はない。
激動の幕末明治を生きた福沢は、明治時代になると、日本語の文章が読めない日本人が出てきたことに驚いている。
英語ばかりを勉強するから、英書は何でも読めるが日本の手紙が読めないというような少年が出来てきた。
波多野承五郎などは子供の時から英書ばかり勉強していたので、日本の手紙が読めなかった
「福翁自伝 (岩波文庫)」
この時代の日本語は書き言葉と話し言葉は別物だから、いまの日本語とはちがう。
でもとにかく、「日本語が読めない日本人」は明治時代にもいた。
まあ、特定のキーワードに反応する日本人と「英書は何でも読めるが日本の手紙が読めない」という日本人は、全然ちがうけどね。
今でいえば、大坂なおみ選手か。
おまけの雑学
ニュースでよく見る「為替」という日本語は、福沢諭吉が訳した言葉だった。
「為替」。これはmoney order を福沢諭吉がこう訳したものだという。福沢が自分でそう言っている。
「漢字と日本人 (高島俊男)」
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