【渋沢栄一が見たパリ】江戸時代の日本人、西洋文明に絶句

 

いまの日本を訪れる外国人は、「日本の街はゴミがなくてきれいだ。日本人はとても礼儀正しい」といった感想を持つという。
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【島の国メリット】外国人の考える日本がきれいな理由は?

今回はこの逆、外国を訪れた日本人の印象について書いていこうと思う。
現在のことならネットに山ほど情報があるから、ここではいまから152年まえ、開国した日本が国際社会にデビューした時代を紹介したい。

1867年にフランスでパリ万国博覧会が行われて、日本もそれに参加した。
ちなみに日本が万博に参加したのはこのときがはじめてだ。
これを視察するために徳川昭武(将軍徳川慶喜の弟)や渋沢栄一らがフランスへ渡った。

 

日本の派遣団

当時のヨーロッパ人は、日本風の茶屋で芸者がコマを回していたりキセルを吹かしているの見るだけで興奮したという。
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パリ万国博覧会 (1867年)

 

1867年の日本はまだ江戸時代。
ヨーロッパへ派遣された武士は、異世界へ召喚されたような衝撃をうけただろう。
パリの街を見た渋沢栄一もそのひとり。

 

日本の実業家、渋沢 栄一(1840年 – 1931年)

第一国立銀行や東京証券取引所などの会社を設立し、「日本資本主義の父」と言われる偉人。
令和6年から発行される新一万円札の顔がこの人。

 

渋沢栄一は当時の日本とは別次元にあった西洋文明の繁栄に圧倒される。

文物の富、器械の精は、かねて聞き及んでいましましたが、その実際を見て一段と驚きました。
人が道に落ちているものは拾わず、通行人が道をゆずり合うゆかしさなども、実際のことです。そして水や火を使う便利な仕掛にも驚きました。

「一九九〇年代の日本 山本 七平 (PHP文庫)」

 

「ゆずり合いありがとう」はいまの日本人の常識で、このときは武士が威張り散らす時代だったから、農家出身の渋沢栄一はこの「ゆかしさ」に感動したのだろう。

火を使う便利な仕掛けとうのはガス灯のこと。夜でも昼間のように明るいと渋沢は驚嘆する。
水を使う仕掛けとは噴水のこと。
といっても公園の噴水ではなくて、この時代のパリでは、街のところどころから水が噴いてきて路上のほこりを洗い流していた。

それまでずっと鎖国していた日本人にとって、ヨーロッパは未知なる異世界。
「道をゆずり合うゆかしさ」といったマナーはともかくとして、ガス灯が夜の街を照らしたり噴水で街を掃除するというシステムは想像をはるかに超えていて、「人知の及ぶところではありません」と渋沢栄一は脱帽する。

 

またフランスへ向かう船の中で、渋沢は生まれてはじめてバタートーストとコーヒーを味わった。

ブール(バターのフランス語)という牛の乳の凝りたるをパンへぬりて食せしむ。味はなはだ美なり。(中略)食後カッフェー(コーヒー)という豆を煎じ煎じたる湯をいだす。 砂糖牛乳を和してこれを飲む。すこぶる胸中をさわやかにす

「一九九〇年代の日本 山本 七平 (PHP文庫)」

 

西洋文明を前にした渋沢栄一の記録を見ると、

「何もかもただ嘆息することばかりです」
「聞いていたより数等上で驚き入ることばかりです」

と何か見るたびに驚いている。
当時の日本には牛乳もバターも肉食の習慣もなかったから、西洋料理も衝撃的だったはずだ。

渋沢はこの5年ほど前は「日本から外国人を叩き出せ!」という尊王攘夷論者だったのに、パリをはじめヨーロッパ各国を見ると、「私の考えでは結局外国に深く接して長ずる点を学び取り、わが国のためにするほかなく」とこれ以上ないほどの手のひら返しを見せている。
でも、中国・韓国はこれができなかったから近代化に失敗した。

 

いまの日本は伝統とハイテクの融合で外国人を驚かせる。

 

船中で優雅なカッフェーを楽しむ武士たちは、このとき誰も知らなかった。
翌年1868年に戊辰戦争がはじまり、江戸城は無血開城されて徳川幕府が消滅するということを。
海外にいたら国(政権)がなくなった。そんな経験をした日本人は彼らだけ。
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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。