先月10月、静岡県民にとってはわりとショッキングな出来事があったのを知ってますか?
インターネットでライブ配信をしながら富士山を登っていた男性が転落して、その後、死亡が確認された。
「貸し切り富士山ですよ」なんて言っていた数分後には、「すべるっ」と言い残してこの世の人ではなくなるのだから、命は何よりも大事だけど終わるときは本当にあっけない。
最近、そんなことがあったと知り合いのアメリカ人男性に話したら、「本当か?」と大声で言って「hahaha」と笑い出す。
「え、ここ笑うとこ?」と少し驚いたけど、それは一緒にいたイギリス人女性も同じで、「これは笑いごとじゃない」と少し怒っていた。
でもアメリカ人、まったく動じず。
さて、富士山の話はおしまいで、ここからは一般論だ。
「ところで、『とんでもないバカ』を表す日本語表現はあるのか?」とアメリカ人にきかれたから、「バカにつける薬はない」という諺をおしえといた。
アメリカにもそんな言葉があるかたずねたら、アメリカではそういう人間に「ダーウィン賞」という賞をあたえるという。
人々の記憶に刻まれるようなバカバカしい死に方をした人がいたら、この賞が授与される。
自分の行為によって自分が死ぬことは”劣った遺伝子”をなくすことになり、それは人類の進化に”貢献”したことになるという身もふたもない考え方だ。
They recognize individuals who have supposedly contributed to human evolution by selecting themselves out of the gene pool via death or sterilization by their own actions.
英語版ウィキペディアはこれを「Humor」(ユーモア)としている。
愚行でも、命が失われたことには変わらない。
人の死をみんなで笑うという、こんな賞を考案した人間こそつける薬はないと思うのだけど、ダーウィン賞を始めたのはカルフォルニア大学の学生だから優秀な人なんだろう。
日本人やイギリス人ではなくて、やっぱりアメリカ人らしい発想だと思う。
ではこの賞の具体的をみてみよう。
1994年のアメリカで、商品を盗むために自動販売機の上に乗ったら自販機が倒れて、その下敷きになって死亡した人がダーウィン賞に選ばれた。
他にも、シャチと泳ごうと夜中に水族館のプールに入ったらシャチに殺された人(1999年のアメリカ)や、自分が不死身になったことを証明するために友人に銃を撃たせたら死んでしまった人(2001年のガーナ)にもこの賞が贈られた。
日本に受賞例はないけど、近いところだと韓国である。
2010年に、扉が閉まってエレベーターに入れなかった男性が怒って、電動車いすで扉に体当たりをしたら扉が壊れてそのまま落ちて死亡した人にこの賞が贈られた。
ことし4月、日本人ユーチューバーがライブ配信中に赤飯を一気食いしたら、のどに詰まらせてそのまま窒息死してしまった。
先ほどのアメリカ人に話したら、これもダーウィン賞の候補になると言う。
じゃあ、「風船おじさん」はどうだろう?
1992年に風船をつけたゴンドラで日本からアメリカへ飛び立って、そのまま行方不明になった男性がいる。
翌朝6時に「スバラシイ朝焼けだ! きれいだよ」と妻に伝え、その次の「行けるところまで、行くから心配しないでネ!」が最後の電話になった。以後、携帯電話は不通となった。
2001年にイチロー選手が国民栄誉賞を辞退したとき、ビートたけしさんが風船おじさんにあげたらいいと言っている。 これはダーウィン賞の感覚に近いかも。
こういうのをアメリカ人はブラックユーモアにするのだろうけど、日本人にはきっと笑えない。
以前、今回とは別のアメリカ人が「日本人は移民や難民に冷たい。意識が低い」なんて批判していたけど、人権の感覚が違うのだと思う。
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浜ちゃんの”黒メーク騒動”。日本と欧米の人種差別意識の違い。
えっ、俺わかるなこのユーモア
お久しぶりですdenntiです
死生観の問題だと思うけど、日本人は死を嫌い過ぎる、韓国もか
身内や近い人、友人、若い子なら悲しんで当然だけど…
今この瞬間にも多くの誰かが亡くなっているわけで、その内の誰かがブラックユーモアを携えて死んだ
むしろ私個人はそうありたい
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
個人の感覚となると人それぞれですね。
ネットのコメントをみると、「言っちゃ悪いけど、冬山なめすぎ」「不謹慎だけど、これは自殺行為」と控えめに言う人が多かったです。
だから日本でダーウィン賞みたいなものはできないだろうなと思います。