【日本の女性観】鎌倉時代は“フェミニズム”、江戸は男性優位に

 

きのう3月8日は「みつばちの日」や「エスカレーターの日」(1914年3月8日に日本初のエスカレーターが登場)だけど、世界的には「国際女性デー」になっている。

1904年3月8日にアメリカのニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を要求するデモをおこなう。
これに感銘を受けたドイツの政治家でフェミニストのクララ・ツェトキンが、この日を女性の政治的自由と平等のためにたたかう記念の日とするよう呼びかけたことでいまの国際女性デーにつながった。

現在は国際連合事務総長が女性の十全かつ平等な社会参加の環境を整備するよう、加盟国に対し呼びかける日となっている。

国際女性デー

 

そんなことできのうの毎日新聞は社説(2020年3月8日)でこれを取りあげて、日本の現状をこうなげく。

日本の現状は、世界から取り残されている。世界経済フォーラムの男女平等度ランキングでは、153カ国中121位と過去最低だった。

国際女性デーと日本 「男性優位」崩す仕組みを

 

日本政府は2020年のことしを「指導的地位に占める女性の割合を30%程度にする」という目標達成の年としていたけど、いまの女性議員の比率は衆院10%、参院23%、地方14%で、管理職に就く人は15%だからまあ無理だ。
それで毎日新聞は「どれも国際水準から後れを取っている」と不満顔。

 

 

日本の批判は毎日新聞にまかせるとして、ここでは鎌倉時代の武士と江戸時代の人たちの女性観を紹介しようとおもう。
ただここにある内容は日本社会に大きな影響をあたえたものだけど、これが全てというワケではないのでその点はご承知おきを。

 

さてここで歴史クイズだ。
1221年に起きた朝廷と鎌倉幕府の全面対決とは何でしょう?

答えは承久の乱で、このとき幕府の執権だったのが北条義時。
では、義時の3男は一体はだれでしょう?

答えは北条重時(しげとき)。
くわしいことはここをどうぞ。

北条時頼を補佐して幕政を主導しながら鎌倉幕府政治の安定に大きく寄与した。『六波羅殿御家訓』『極楽寺殿御消息』等の家訓の作者でも知られる。

北条重時

 

重時が鎌倉時代、武士の守るべき教えとして記した家訓「極楽寺殿御消息(ごくらくじどのごしょうそく)」には、女性を尊重するようにと書いてある。

彼は女性や子供を軽く見ることを嫌い、さらに女性に失礼になるようなことは絶対にするなと戒め、女性は思慮深いといっている。

「日本人とは何か 山本七平 (PHP文庫)」

 

「いかなる賤の女なりとも、女の難をいふべからず」とどんなに身分の低い女性であっても、けっして悪いことを言ってはいけないと書き、「よき事をば申も沙汰すべし」と良いことなら口にしていいという。
悪気を言わずに誉めるというのが鎌倉武士の価値観で、女性への見方でもあった。

「天照大神も女躰にておはします」と神道の最高神アマテラスが女性だったことを持ち出して北条重時はこう説く。
天照大神は日本中の武士が崇拝していただろうから、この教えには大きな抵抗はなかっただろう。
「尼将軍」と呼ばれ、権力を握っていた北条政子のような女性も鎌倉時代にはいた。

 

こんな女性尊重のフェミニズム的な考え方も、江戸時代になって日本社会に儒教の影響が浸透したことでかなり変化する。
女性の地位は低下して、男性優位となった世の中を象徴する言葉が高校日本史でならう「三従の教え」だ。

三従の教え

家にあっては父、嫁としては夫、夫死しては子に従う三つの道のこと。特に江戸時代は、女性の心構えとして教えられた。

「日本史用語集 (山川出版)」

 

くわしいことはこの記事を。

江戸時代の女性の地位:7つの離婚理由・三行半を突きつける!

 

でもこんな考え方は現代の北条政子、高嶋ちさ子さんが人気を集める令和のいまは通じない。
「男性優位」崩す仕組みを、と毎日新聞は訴えていたけど、部分的にはそんなものはとっくの昔に崩壊している。
ボクのまわりで妻に頭の上がる夫はひとりもいない。
日本社会は江戸を超えて、鎌倉時代の女性観に近づいているようだ。

ちなみに「三従の教え」という言葉と考え方は、儒教の影響が強いベトナムにもあった。
ベトナム人女性から聞くと、いまでもこういう見方が社会にある。

 

 

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2 件のコメント

  • 日本は、天地開闢以来の天照大神をはじめとして、多くの女性天皇を輩出しています。これに対して歴史的には日本よりずっと長い中国で、女帝は、則天武后ただ一人のみ。おそらく儒教の影響なのでしょうが。
    欧米だって、近代以降を別にすれば、偉大な女帝としてはロシアのエカテリーナ2世くらいでは? 英雄ならばジャンヌ・ダルクかな?(最後は捕まって処刑されてしまいましたが。)それ以外だとマリー・アントワネットくらいしか。(こちらも最後は断頭台ですね。)こうしてみると、キリスト教の男尊女卑も儒教に負けていないですね。
    鎌倉時代から室町・戦国に至るまで、日本には、北条政子、日野富子、秀吉の女房おね、といった女性の大政治家がしばしば登場し、その当時の日本を時に表舞台に立って動かしてきたという伝統があります。その伝統が失われたのは、江戸時代になって儒教(朱子学)が強力に支持されるようになってからのことでしょう。すべては徳川家康の責任です。
    令和の現在、そろそろ揺り戻しがくるかも。(しかし誰も思いつかんなぁ・・・。)

  • キリスト教では女性は男(アダム)のあばら骨からつくられたことになっていて、古代・中世での地位は低かったです。
    過去記事にありますが、16世紀に来日したフロイスが日本の女性には権利と自由があって驚きましたから。
    いまは逆転して、日本が欧米からよく非難されますが。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。