奴隷制度のなかった日本、キリスト教徒の野蛮に秀吉が激怒

 

アメリカのミネソタ州で白人警官が黒人男性を暴行死させたことで、人種差別に反対する抗議デモがアメリカだけではなく世界各国で行われた。
日本でもデモはあったけど、イギリスみたいなことにはならない。

読売新聞の記事(2020/06/08)

奴隷商の銅像を引き倒し、チャーチル像に落書き…英でデモ

 

そもそもなんで奴隷商の銅像が建てられたのか?
この人物は17~18世紀の商人で、アフリカ大陸からアメリカ大陸に奴隷を運んでいた。
奴隷貿易で巨額の富を築き、学校を建てたり教会に寄付をしたことなどが評価されて銅像が建てられたらしい。

当時の常識では奴隷貿易も正当な商売だったから、「汚れた金」とみなされなかったのだろう。

でも時代とともに人びとの人権意識が変わり、奴隷貿易を恥じる風潮が高まって、この人物の像はデモ隊によってロープで引き倒されて海に投げ込まれた。

さらにロンドンでは、議会前にあったチャーチル元英首相の像に「人種差別主義者だった」と落書きされたという。
でもチャーチルは第2次世界大戦でナチス=ドイツに戦ってイギリスを守った国民的英雄だから、「暴力や破壊行為は逆効果だ」という反発も上がっているとか。

これに日本のネットの反応は?

・今のモラルで過去を裁くのはあんまり賢くないね
・ワールドニュースでやってたな
ズルズル引きずってた
・なんで奴隷商人の銅像があるの?
・地元でも「まぁこいつならいいか」って思ってそう
・こういったデモとか暴動、略奪を見ると日本って本当に平和だな
・海外ニュースでみたけど壊し方もまた酷かったな

 

奴隷制度の廃止はいまでは常識すぎて論外だけど、イギリス人は「意識」が高くて、現代でも奴隷状態にある人がいるとして2015年に現代版の奴隷法を制定した。

ジェイムズ・ブロークンシャーは「同法は『人身売買というこの最低な行いに関わっている犯罪者は逮捕され、検挙され、投獄されるという』という強力なメッセージをその人々に送るものである」と言明したとされる。

現代奴隷法_(2015年イギリス)

 

だから今回の像の破壊には、アメリカでの黒人差別とは別でこうした考え方が影響を与えていたはず。

でも奴隷商人はやむなしとしても、チャーチルはとばっちり感が否めない。
いまの人権感覚を基準にしたら、第二次世界大戦前の欧米人の政治家なんてほとんどが人種差別主義者になってしまう。

「日本って本当に平和だな」と先ほどコメントにあったように、日本の歴史はヨーロッパのキリスト教徒が行ったような奴隷貿易とは無縁だったから、いまになって過去を否定し大騒ぎすることはない。

 

西アフリカ・ブルキナファソの村

 

高校生のころ世界史で大航海時代のあたりを学んでいたときに、ヨーロッパ宣教師が黒人奴隷を連れている理由が分からなかった。
人類に愛と平和を伝えるキリスト教の伝道者が、なんで奴隷の存在を認めているのか?
なんて義憤に震えた時代がわたしにもありました。

下の写真は西アフリカのガーナにあるケープ・コースト城の内部で、かつてアフリカで集められた黒人奴隷はここで収容されていた。

 

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奴隷は「人の言葉を理解する動物」とみられていて、ここを案内してくれた現地ガイドの話では、彼らはここで糞尿たれ流しの状態で詰めこまれていたという。

黒人はここから奴隷船に載せられて、アメリカ大陸へ運ばれていく。

航海の途中で病気にかかってしまった場合は、生きたまま海へ放り出されることもあった。

病気にかかった奴隷は、早めに隔離するか、被害が広がらないうちに容赦なく生きたまま「鮫の餌食」にされた。

「近代世界と奴隷制―大西洋システムの中で (人文書院) 池本 幸三, 下山 晃, 布留川 正博」

 

船内で抵抗する奴隷がいたら、「再発防止」として一切の容赦はしない。

反抗した奴隷に対する懲罰・拷問による死亡も決して少なくなかった。反乱の首謀者の内臓を他の奴隷に食べさせたり、手首を切り落としたり、吊るした身体をナイフで切り刻む、といった残酷な見せしめが行われた。

「近代世界と奴隷制―大西洋システムの中で (人文書院) 池本 幸三, 下山 晃, 布留川 正博」

 

ガーナにあるケープ・コースト城に行ったときは「マジかっ」と驚いたけど、いまでは「当時のヨーロッパ人なら当然」と思うのが収容所の上にあったこの教会(礼拝所)。

 

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黒人奴隷を地下に家畜同然で収容しておいて、自分たちは救いを求めて神に祈りをささげていた。
当時のキリスト教徒とはそんな人たちだ。
このとき一緒にいたヨーロッパ人旅行者は、こう話す黒人の現地ガイドの言葉をどんな思いで聞いていたのだろう。

 

ところで、なんでヨーロッパ人がこんな野蛮なことをしていたかといえば、キリスト教が奴隷制度を禁止していなかったから。
聖書には奴隷制度を容認するか、少なくともそう解釈できる記述があったから、宣教師は堂々と奴隷を所有することができたし、日本では織田信長に奴隷を紹介することもした。

信長はその黒人が気に入って「弥助」という名前を与えて、お抱えの武士にしてしまう。

【初の外国人サムライ】黒人奴隷・弥助と織田信長の交流

 

でもこの人はヨーロッパ人の奴隷制度に激怒して、そんな蛮行は認めなかった。

 

 

本能寺の変で信長が亡くなり、豊臣秀吉が日本を治めていたころ、ヨーロッパ人宣教師が日本人を奴隷にして海外に売り飛ばしていたことが発覚。

秀吉の側近だった大村由己の手紙には、船に入れられた日本人奴隷の様子がこう書いてある。

日本仁(人)を数百、男女によらず、黒船へ買い取り、手足に鉄の鎖をつけ、舟底へ追入れ、地獄の苛責にもすぐれ

「日本人とは何か。 山本 七平 (PHP文庫)」

 

男女関係なく、手足に鉄の鎖をつけられて暗い船底に閉じ込められていた。
それは地獄の苦しみだったという。
皮肉なことに、初めてヨーロッパに上陸した日本人はこうした奴隷だったといわれる。

 

キリスト教徒のヨーロッパ人が日本人を動物のように扱っていることに秀吉は「外道の法」と言って怒り、1587年にイエズス会の宣教師ガスパール・コエリョに手紙でこう言いつけた。

ポルトガル人、タイ人、カンボジア人に日本人を買い付けて奴隷にすることを中止するよう命じた。また、インドにまで流れ着いた日本人を連れ戻すよう言い渡した。

ポルトガルの奴隷貿易

秀吉の「解放令」はリンカーンの奴隷解放宣言(1862年)より300年ほど先だった。
同じ年に「バテレン追放令」を出し、日本でのキリスト教布教を禁止した。

 

さて話は変わってナウ。
アメリカの人種差別事件を受けて日本でもデモが行われたけど、混乱はなくとても平和に終わった。
秀吉がいた時代には奴隷制度がなく、そういう「未開の文化」を憎んだ日本人はアメリカ人やイギリス人とは別の歴史を持っているから。

 

 

日本人が像を投げ捨てるとしたら、カーネル・サンダースぐらいやで。

21年ぶりのセントラル・リーグ優勝に狂喜した阪神ファンが、カーネル・サンダースの像を道頓堀川に投げ入れた因果で、翌年以降の同球団の成績が低迷した都市伝説の一つである。

カーネル・サンダースの呪い

 

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7 件のコメント

  • 黒人差別の歴史はよく語られますが黄色人種の差別の歴史はあまりされないですよね。
    黒人の方が酷い扱いをされていたのは事実かもしれませんが…
    黒人差別だけ注目して黄色人種や白人への差別は無視されてる感じあります。
    それは記事中にあるような奴隷制度をキリスト教が禁止していないからに通じると思います。
    社会通念上黒人差別は悪いことだがその他は(法律で決められていても)規定されてないからしてもいいみたいな。
    本質的には昔も今も変わってないんだなぁと思います。

  • >・・・キリスト教が奴隷制度を禁止していなかったから。
    > 聖書には奴隷制度を容認するか、少なくともそう解釈できる記述があったから、

    とは言っても、聖書が成立したのはギリシャ・ローマ時代であり、当時の「民主制政治体制」は奴隷の存在を前提としていた社会ですから、あたりまえです。
    聖書のせいではない。昔の書物なんだから、その当時の社会制度を前提に記述されているのは当然です。
    責任は、そんな昔のできごとを記述しただけの書物を、近代になるまでいつまでも「かわらぬ前提条件」として一言一句そのまま解釈し基準とするバカな宗教の側に原因があるのです。
    まあでも、現代でさえ外国人労働者を奴隷のごとく虐げながら遠洋漁船で働かせる酷い国も、世界にはあるようですけどね。

  • アジア人への差別問題も起きていて、時々報道されていますが、黒人への差別事件が多発していてそっちに大きな注目が集まりますね。
    欧米では奴隷貿易をしていた闇歴史があって関心があると思います。

  • 秀吉の戦国時代も、隣村や隣国を襲い、戦に駆り出された農民は、刈田狼藉、日常生活品略奪、人身略奪での身代金・奴隷売買を戦利として得ていた。その一部が海外に奴隷として売られていた。これって日本にも奴隷制あったのではないか、

  • >日常生活品略奪、人身略奪での身代金・奴隷売買を戦利として得ていた。
    この頻度や根拠はなんでしょうか。

    それと日常の社会制度は、戦場という有事における行為とは別です。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。