【言霊信仰】日本人と言語センス。意外と身近な雅語の例

 

一か月ほどまえ、美術館の館長で京都大学の名誉教授でもある人が、ツイッターにこんな書き込みをして炎上。

国際オリンピック委員会のバッハ会長を「ばっ 墓萎凋」(ばっはかいちょう)
東京五輪の開会式を「かいかい 死期」
聖火ランナーを「世禍乱 なぁ」
五輪に関わる人を「すぽ お通夜」(スポーツ屋)

ご本人によるとこれは「アート表現」とのこと。
何を言っているのかよくわからんが、水ではなくてさらなる燃料になったことは断言できる。
音だけでなく意味も表す漢字はこんなふうに、特定の意図をもって物事をより下品に、不快に表現することができる。
さらに日本人には、ことばには魂が宿っていて、言ったことが現実になるという言霊信仰がある。
ことばは精神に強い影響をあたえるから、日本人はことばの使い方には特に注意を払う。

 

2日前の3月24日は「マネキン記念日」だった。

1928(昭和3)年のこの日、東京の高島屋呉服店で日本初の「マネキンガール」が登場する。
このマネキンガールとは人形ではなくて、店の商品である服を着て客に売る女性販売員(ハウスマヌカン)のこと。

もともとこれはフランス語の「マヌカン(mannequin)」だったのだけど、これだと「招かん(客を招かない)」に聞こえてしまうと化粧会社が嫌がった。
それで、縁起の良い「招き猫」に似ているから「マネキン」にしよう!となってこのことばが誕生したという。

1929年の「婦人公論」にこんな文がある。

「マネキン―それはフランス語のMannequinマヌカンから来たものだといひます。でも、マヌカン―『招ぬかん』ではお客が来なくなるといふので、マネキン―『招ねき』としたといふこと」

バカバカしい。という気がしないでもないが、これは大事なことなんだろう。
ことばは日本人の心に大きな影響を与えるのだから。

 

昭和のはじめ(ほぼ大正時代)のマネキンガール

 

「ことばの神」を祀る静岡県掛川市にある事任八幡宮
一緒にここへ行ったスペイン人・中国人・台湾人・インド人は、ことばに神が宿るという考え方は聞いたことがないと言う。

 

開会式を「かいかい死期」とする発想とは反対に、より上品に、エレガントに美しく表現する日本語を「雅語」や「美化語」という。
こういう価値観は日本語の特徴のようで、英語版ウィキペディアにくわしい説明がある。

Word beautification (bikago, 美化語, “beautified speech”, in tanka also sometimes gago, 雅語, “elegant speech”) is the practice of making words more polite or “beautiful”. This form of language is employed by the speaker to add refinement to one’s manner of speech.

Honorific speech in Japanese・Word beautification 

 

卑語や俗語の真逆にあるのが雅語。
これはおもに、平安時代の古典でみられる「正しいことば」や「伝統的でみやびやかなことば」をさす。それ以外でも、正しく上品なことばなら雅語になる。

たとえば、心の内を表情に出さないという意味の慣用句「おくびにも出さない」の「おくび」は雅語だ。
おくびとは「げっぷ」のことだから、「げっぷにも出さない」に比べるとその優雅さがわかるだろう。
日本人は場面に応じて、「ふすま」(=ふとん)、「こころばへ」(=性質)、「ことわり」(道理)といった雅語を使っていたのだ。
京都を意味する「洛陽」もそのひとつ。

ほかにもこんな雅語がある。

夜を「さよ」
夜中を「さよなか」
明日を「くるひ」
月末を「つきごもり」
月の最終日を「つごもり」
短い時間を「いっとき」
少しの間を「たまゆら」
過去を「いにしえ」
歩くを「あゆむ」
可愛がることを「いつくしむ」
集まることを「つどう」
まぶしいことを「まばゆい」
永遠を「とわ」
炎を「ほむら」
水面を「みなも」
夕飯を「ゆうげ」
誘うことを「いざなう」
階段を「きざはし」
陸を「くが」

気づかないうちに、聞いたり使っている雅語も多いのでは?
「ばっ墓萎凋」「世禍乱なぁ」「すぽお通夜」といった卑語と比べると、雅語はことばをより美しく、詩的な表現にしていることが実感できるはずだ。

 

ことばから日本人が強い影響を受ける根底には、古代からつづく言霊信仰があるのだろう。

 

おまけ

きのうのサッカー日韓戦で、冨安選手がボールと関係ない場面で相手選手のひじが顔面に当たって流血するシーンがあった。
スポーツニュースを見ると「エルボー流血シーン」、「肘打ち受け流血」、「悪質肘打ち」と書く一方、実況したアナウンサーは『ちょっと上げた左手が冨安に当たったでしょうか』とかなり“配慮”した表現を使ったことで日本のネットがやや荒れた。
これも一種の雅語かも。

 

 

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2 件のコメント

  • > きのうのサッカー日韓戦で、冨安選手がボールと関係ない場面で相手選手のひじが顔面に当たって流血するシーンがあった。
    これ、肘打ちじゃありません。映像を見ると、明らかに「バックハンド・パンチ」ですね。ブログ主さんも含めて、どうしてそこまで,韓国人に「配慮」するのでしょうかね。韓国人自身でさえ認めているというのに。

    正常な2国間関係は、まずは事実を事実として認識するところが出発点ですよ。

    > 「マネキン―それはフランス語のMannequinマヌカンから来たものだといひます。でも、マヌカン―『招ぬかん』ではお客が来なくなるといふので、マネキン―『招ねき』としたといふこと」
    前半の「仏語の『マヌカン』が起源」という話は知っていましたが、「『招ぬかん』を避けるため」のくだりは知りませんでした。へーぇ、そうだったんだ。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。