4月13日は「決闘の日」。
1612年のこの日、いまの山口剣、いや山口県にある巌流島で宮本武蔵と佐々木小次郎による伝説的な決闘が行われた。
その276年後、日本で勝負を挑んだ男がいた。というのが今回の話。
巌流島
4月13日は「喫茶店の日」でもある。
「茶を喫(の)む」という意味の喫茶は鎌倉時代に中国から伝わったことばで、お茶を飲む習慣やその作法を指す。
客にお茶を提供する喫茶店なら、1735年に京都で誕生した茶亭『通仙亭』が日本初といわれる。
お茶ではなくて西洋由来のコーヒーを出す喫茶店、いまでいうコーヒーショップは1888年4月13日、東京でうまれた。日本初の喫茶店は『可否茶館』という。
*「可否」はcoffeeの当て字。
子どもからお年寄りまで利用するコーヒーショップはもう、現代の日本人にとっては“生活必需品”といっていい。
このまえスタバに行ったときには、パソコンをたたくビジネスパーソンや資格試験の問題集を解く学生、それにおしゃべりを楽しむジャージ姿の4人の中学生がいた。
そういえば知人のインドネシア人が「スターバックスに中学生がいるなんて!」と驚いていた。
母国でスタバはハイクラスなコーヒーショップで、普通の中学生が気軽に入れる店ではないらしい。
西洋からコーヒーが日本に伝わったのは江戸時代、「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉のころと考えられている。
でも当時の記録(大田南畝の『瓊浦又綴』)には「焦げ臭くして味ふるに堪えず」とあるから、この飲み物は日本人の舌には合わず、ノーサンキューと拒否られたらしい。
実際、江戸時代の庶民がコーヒーを楽しんだという話は聞いたことがない。
島国のお茶民族に本格的なコーヒー文化が到来するのは開国後、欧米人が住んでいた長崎や横浜などに西洋料理店ができてから。
西洋人にとっては必需品のコーヒーは当然メニューにあって、徐々に日本人にその黒い飲み物が知られるようになっていく。
もうこのころの日本人は「焦げ臭くして味ふるに堪えず」とは思わなかったらしい。
1877年(明治10年)のころにはコーヒーの輸入がはじまり、その前後に、日本人を相手にコーヒーでビジネスをする人たちが登場。
このうち1874年に神戸で開店した「放香堂」はいまも営業しているというからすごい。
当時は専門店ではなくて、お茶屋でコーヒー豆も販売していた。
コーヒーの販売や店内でコーヒーを振る舞ったことで、「日本で最古のコーヒー店」と放香堂はホームページで言う。
コーヒー豆と宇治茶を同時に売るという、一周回って現代では斬新な当時の放香堂
でも、いまの日本にあるような本格的なコーヒーショップ(喫茶店)が初めて現れたのは、1888年(明治21年)に開店した「可否茶館」で、鄭永慶(ていえいけい)がこの店をつくる。
この鄭一族には長い歴史があって、17世紀に中国の明王朝が滅亡すると日本に亡命し定着したのが始まりだ。その後代々、長崎で中国人(清朝の役人)の通訳をしていた。
鄭氏に伝わる話では、彼らは中国や台湾の国民的英雄である鄭成功の末裔(まつえい)だ。
で鄭永慶の名前を見ると、「中国人ですよね」と思ってしまうのだけど実際は微妙。
彼は日本生まれの日本人で後に養子縁組で鄭一族の一員になったから、人種的には日本人で社会的には鄭家のメンバーだ。
まぁそのへんの細かいことはいいとしよう。
鄭永慶がいまの日本で有名なのは、アメリカのエール大学に留学していた彼が勤めていた外務省を辞めて、「コーヒーを飲みながら知識を吸収し、文化交流をする場をつくろう!」と日本初の本格的な喫茶店を開業したからだ。
東京・上野に開店した可否茶館ではトランプやビリヤードを楽しむことができたし、国内外の新聞や書籍があったから、コーヒー片手にいろんな情報を得ることもできた。
さらに化粧室やシャワー室などもあったというから、いまの日本の平均的なコーヒーショップよりもゴージャスだ。
ただし値段もそれなり。
ソバが8厘から1銭だった時代に、ブラックコーヒー1杯で1銭5厘、牛乳入りコーヒーだと2銭だったから、コーヒーは高級飲料だった。
ミーゴレン(インドネシア風焼きそば)とインドネシアのスタバのコーヒーの値段差がこれぐらいかも。
西洋的なコーヒー文化を日本に広めよう!という鄭永慶(ていえいけい)のチャレンジは結局失敗し、多額の借金を抱えた彼は日本を去って偽名でアメリカ合衆国に密航した。
でも可否茶館が日本のコーヒー文化に大きな影響を与えたことは間違いなく、その功績によって鄭永慶は日本の歴史に名を残すことができた。
それにしても鄭成功の末裔が、日本初のコーヒーショップをつくったというのは面白い。
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> 鄭成功の末裔が、日本初のコーヒーショップをつくったというのは面白い。
けれどもご先祖様の名前に反して、成功はしなかったと。
確かに面白いですね。
うまい!