日本文化とベトナム文化の共通点:アオザイの歴史・困ること

 

ベトナム旅行でお世話になった日本語ガイドのベトナム人女性が、数年前に旅行で日本へやって来た。
北海道と東京を見て回った中で、その人が見たベトナムのものはコーヒーだけで、「日本で有名なベトナム文化はコーヒーぐらいですかね」と少し残念そうに言う。
そんなことはなくて生春巻きやフォーも知られているし、もしその人がこの格好で街を歩いたら、「ベトナムの服だ」と気づく日本人はきっと多い。

 

 

日本の伝統衣装が着物なら、ベトナムのそれはアオザイ
ベトナム語でアオ(上衣)とザイ(長い)を組み合わせたアオザイは、「長い服(上着)」という意味になる。

「中国の伝統服をベトナムの風土と民族性とに同化させてできたもの」

と「ブリタニカ国際大百科事典」が説明するように、アオザイは中国文化の影響を受けてできた。
それは着物も同じで、中国から取り入れた着物を日本人の好みや価値観に合うよう変化が加えられて、現在の着物ができあがった。
特に帯は中国とはまったく違う。

外国人の好きな日本文化「着物」。歴史と特徴を簡単にご紹介。

 

ベトナムは漢から唐までの約1000年のあいだ中国の支配を受けていたこともあって、中国文化の影響がとても強い。
中国由来のものを起源とし、それに独自の価値観や表現を加えて自国の文化をつくり上げるという点は日本文化とまったく同じ。

多くの言葉も中国から伝わったから、元は日本語と同じ言葉もたくさんあって、例えばこのベトナム語は「チュウイ」と読んで意味は「注意」。
*正確な発音はネットで聞いてくれ。

 

 

アオザイは18世紀ごろに、清朝から伝わったチャイナドレス(旗袍)を起源にもつと言われる。
寒冷地の中国の服がベトナムにくると、南国の風土に合わせて薄い布地で仕立てられるようになり、トロピカルな服に変わってアオザイが完成した。

 

画像はKauffner

 

アオザイは昔は上流階級のベトナム人が着るフォーマルな服で、いまでも結婚式や祭り、パーティーなどちょっと特別な機会で着ることが多い。
女子高生が制服としてよくこの服を着て学校へ通っていて、田園風景の中でアオザイを着て自転車に乗る姿は本当にベトナムらしく絵になる。
冒頭のベトナム人は普段は職場ではカジュアルな服を着ていて、外国人のお客さんを接待するときはアオザイを着るよう上司から指示されると言う。
日本なら炎上しそうなセクハラ案件。

 

ベトナムを旅行中、そんな上司よりもっとムゴイ日本人の話を聞いた。
まず、アオザイは水に濡れると生地が透けるらしい。
それで雨が降るとそんな女子高生の写真を撮るために、何人もの日本人が学校の校門前で集まるという。
そんな話をしたのは宿にいた長期滞在者の日本人で、その人はそういう日本人を何人か見たし、「行きませんか?」と声をかけられたこともあるという。
直接確認していないから真偽は不明だけど、そんな国賊みたいな日本人もいるかも。

日本の大学で学んでいるベトナム人女性に聞いたら、「知りません。そんな話は聞いたことないです」ということだから、もしその話が本当だったとしても、例外的なHENTAIが特定の学校にへばりついていただけだろう。
雨の日にはそんな人間より、自転車にアオザイがからまって転ぶことがあるから、そうなるとかなり悲惨なことになる。
「女子高生は毎日アオザイを着る。ベトナム人なら当たり前」というボクの期待を裏切って、そのベトナム人が通っていた高校では週に3日着ることになっていたから、毎日アオザイというわけでもないらしい。
ちなみに「ベトナムの京都」といわれる古都・フエではアオザイを着る学校が多いとか。
既製品なら安いからいいとして、自分の身体のサイズにぴったり合わせて仕立てた高級アオザイは、太ると着られなくなるのが困るとか。
だからベトナム女性は「絶対に太ってはいけない」という宿命を背負っているらしい。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。