【欧州は複雑怪奇】歴史上の偉人の“帰属”をめぐる争い・誤解

 

日本人にとってヨーロッパの事情は、ときには理解不可能なほど複雑なことがある。
で、平沼 騏一郎(ひらぬま きいちろう:1867年- 1952年)は「欧州の天地は複雑怪奇」という有名な言葉を残した。
ということでこれから、これほどじゃないけど、日本にはないようなヨーロッパ諸国のめんどくさい事情に触れてみよう。

 

きのう12月5日はモーツァルト忌だった。
世界的な作曲家で日本でも有名なヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、1791年のこの日に亡くなったから。
で、この偉人は一体どこの国のヒトなのか?

 

 

「いやいやモーツァルトと言ったら、オーストリア人に決まってるでしょ。それを否定した人は、もう二度とザッハトルテやウインナーコーヒーを楽しむ資格はない」

と思ってしまうけど、2006年にドイツのあるテレビ局が「史上もっとも偉大なドイツ人は誰か」というアンケートでモーツァルトをノミネートしたことがある。
これに対して在独オーストリア大使館が「モーツァルトはザルツブルクに生まれてウィーンで暮らした!」と抗議すると、「当時はオーストリアという国はなかった」とテレビ局側が言い返す。

くわしいことはこの記事を見てくれ。

ドイツ語を話すモーツァルトはオーストリア人かドイツ人か?

日本と違って、陸続きのヨーロッパでは昔から戦争や併合がよくあって、時代によって国境がコロコロ変わったり人の移動も多かったから、こんな感じに歴史上の偉人や有名人の「国籍」について争うことがある。

ギリシャ人はアレクサンドロス(アレキサンダー)大王を自国の英雄だと考えているけど、マケドニア人も「あれはウチの英雄」と考えているから揉める。
フランク王にして初代神聖ローマ皇帝のカール(仏語:シャルルマーニュ)大帝をめぐっては、ドイツとフランスが彼を「始祖的英雄」と考えているから、その帰属をめぐって対立することもあるという。

フランスとドイツが言い争う英雄”カール大帝”とフランク王国。

 

まえにポーランド人から、「キュリー夫人をフランス人とカン違いする人が多くて困る」という話を聞いた。
彼女の場合は「国籍」はハッキリしているから争いはないけど、ヨーロッパ人でも事情を知らない人がわりといてポーランド人的には不快になることがあるという。
キュリー夫人のことは今まで書いたことがなかったんで、すこしくわしく紹介しよう。

放射能 (radioactivity) という言葉をつくったマリア・サロメア・スクウォドフスカ=キュリーは、1867年にワルシャワで生まれた完っ全なポーランド人だ。
放射線の研究で、ノーベル物理学賞とノーベル化学賞を受賞したこの天才を誇りに思うポーランド人は多いらしい。
ただ彼女が本格的な研究を始めたのは移住先のパリ大学で、後にキュリー研究所を与えられ、彼女はパリ大学初の女性教授職に就任した。
そのころは名前もフランス風に「マリ・キュリー」と名乗ってたし、夫のピエール・キュリーはフランス人だったこともあって、彼女をフランス人と考えている人が欧米ではけっこういるらしい。

*ちなみに夫のピエール・キュリーもノーベル賞を受賞していて、娘夫婦を入れると計5度のノーベル賞をゲットしている。もうマンガに出てくる「天才家族」のモデルになるレベル。

ただキュリー夫人は、ポーランド人としてのアイデンティティを確固として持ち続けていた。
そのことは初めて見つけた新元素に、母国にちなんで「ポロニウム」と名づけたことからもわかる。

 

キュリー夫人

 

戦前、共産主義を敵視して、反ソ連でドイツとの関係強化を図っていた平沼騏一郎は、1939年に突然、独ソ不可侵条約が締結されたと知り、天地がひっくり返るような衝撃を受けて「欧洲は複雑怪奇」と言って内閣を総辞職した。
日本と周辺国にはいろんな争いがあっても、有名な王や芸術家、科学者の「帰属」をめぐる争いはない。(でもゼロではない)
平沼ほどではないけれど、国の伸縮や人の流入の激しい欧州の事情は日本人にとっては複雑だと思う。
キュリー夫人のように、ヨーロッパ人でさえ誤解している人がいるのだから。

 

 

こちらの記事もいかがですか?

旅行・歴史雑学:ヨーロッパ主要国が誕生した時代ときっかけ。

欧州で広がるアジア人差別。“日本好きドイツ人”の意見は?

ドイツで放送された「日本人蔑視CM」に韓国人も参戦激怒

アメリカ 「目次」

ヨーロッパ 「目次」

日本 「目次」

 

4 件のコメント

  • >放射線の研究で、ノーベル物理学賞とノーベル化学賞を受賞したこの天才

    これでは記述が不足していますね。彼女は「女性初の」ノーベル賞受賞者なのです。
    また、現在に至るまで、ノーベル物理学賞と化学賞の両方を受賞したのは、彼女が史上ただ一人です。

    「スクウォドフスカ」というのは彼女のポーランドでの旧姓ですが、フランス人の夫ピエールと結婚して「キュリー」という姓を名乗ったことから、いちおう、その時点でフランス国籍を取得したことになるのかな? それともヨーロッパ人によくある二重国籍者ですかね? 夫ピエールが若くして事故死した後も彼女はフランスに留まって研究を続け、結局、フランスに骨を埋めることになりました。
    彼女はポーランド出身者ではあるのですが、ポーランドは、必ずしもこれまでずっと独立国として存在していた訳ではなく、彼女もノーベル賞の受賞「国」としては、フランス所属として扱われるのが一般的だと思います。

  • 彼女がワルシャワ生まれのポーランド人であることを否定するヨーロッパ人はいないと思います。

  • さっきWikipedia等で確認したところ、ノーベル賞受賞者であるキュリー夫人の国籍は「ロシア帝国下のポーランド立憲王国」となってました。「大日本帝国下の朝鮮半島地域」みたいなものですかね?
    他には、南部陽一郎博士の国籍は米国、カズオ・イシグロ氏の国籍は英国とされていました。

    キュリー夫人は、「大ポーランド主義(現在のポーランド国よりもさらに外側の領域までをポーランドの領土とする考え方)」の熱烈な支持者としても知られています。大陸は色々とややこしい事情が多いみたいですね。
    日本は島国で良かった。

  • 文字を追うのもいいのですが、実際のポーランド人やヨーロッパ人の意見を聞くことも大事です。

  • コメントを残す

    ABOUTこの記事をかいた人

    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。