【火除けの文化】アフリカ人、「日本人は迷信深いね!」と驚く

 

「わたしは日本の文化に興味がありますっ」

そんな殊勝なことを言った東アフリカ出身のタンザニア人がいたんで、静岡にあるお寺へ連れて行くことにした。
彼の感想を聞く前に予備知識として、アフリカの各国で活躍されている呪術師さんの動画を見てほしい。

 

 

彼の話によるとこの動画にあるように、タンザニアの呪術師の仕事は基本的に「医者」(ウィッチ・ドクター)で、日本の厚生労働省の職員が見たら気絶しそうな材料で薬を作ったり、患者に憑(と)りついた悪霊をはらう儀式を行う。
お金をもらって、依頼主が指定した人間に呪いをかけるのも彼らの役割だ。

 

さてこんな国から来た人は、日本のお寺を見てどんなことを思うのか?
まず彼はお寺の門(山門)を見ると、屋根を呼び指して「あの像は何ですか?」とたずねる。

 

 

これは日本の伝統建築物によくある飾りで「鯱(しゃち)」という。
魚の形をしたこの鯱は空想上の生き物で、水にすんでいることから、火除けの守り神としての役割が期待されている。
この鯱の原形は東大寺などの屋根にある、二対で向かい合っている「鴟尾(しび)」。
飛鳥時代に寺院建築の知識やテクニックを教えた中国人が、寺に欠かせない瓦と一緒に「鴟尾(」を日本人へ伝えたという。
日本や中国の古い建物は主に木や紙でできていて、火にとっては「ごちです!」というほどオイシイ燃料になるから、どうしても火事に弱いし被害も大きくなりやすい。
水属性のモノが火に強いのはあらゆるゲームやアニメのお約束。
だからこんな魚の形をした鴟尾を屋根に置いて、火除けのおまじないにしたのだ。
時代によって鴟尾が変化していって、その一つがお城のてっぺんにある二対の鯱(しゃち、しゃちほこ)になった。
だから鴟尾も鯱も本質的には同じで、どっちも「火事から守ってくれますように」という願いが込められている。

 

 

そして中へ入ると今度は「懸魚(げぎょ)」を発見。(青線の中のやつ)
これは屋根の破風の下にある飾りで懸魚という言葉は知らなくても、お寺や神社よくあるモノだから、日本にいれば誰でも一度は見たことあるはず。
気づくかどうかは別として、京都旅行をすればまず間違いなく懸魚を見ている。
「魚を懸(か)ける」という意味のこの飾りも、鴟尾と同じく建物を火事から守るおまじないで、「屋根に懸ける」が「水をかける」に通じるという考え方もある。
ブリタニカ国際大百科事典に「当初魚をつるしたような形であったのでこの名がある。」とあるように、防火のお守りの意味もあるけれど、しだいに装飾として重視されるようになって、もはや魚とは思えないほど派手なデザインになっていったらしい。

 

今回行ったお寺にはなかったけど、火災除けで「水」と書かれた鬼瓦もある。

 

日本の歴史に地震と火事は付きもので、江戸の三大大火に明暦の大火・明和の大火・文化の大火の3つがある。
この中で最も大きな被害を出したのが、1657(明暦3)年のちょうどいまの冬の時期に起きた「明暦の大火」で、死者の数は明和の大火(約1万4700人)や文化の大火(約1200人)をはるかに超えて、10万人に達したという説がある。
このときは1月だったから炎を逃れようと川に飛び込んで凍死した人や、何とか火災を生き残っても食べ物がなくて餓死した人も多かった。
ローマ大火やロンドン大火と一緒に、明暦の大火を世界三大大火のひとつに数える場合もあるから、日本で起きた火災の中でもこれはあらゆる面でレベルが違う。

日本最悪の火災「明暦の大火」。当日の様子やその後の影響

江戸城の天守まで焼け落ちてしまった明暦の大火に、当時の日本人は言葉を失うほどの衝撃を受けて、その後の防火意識や社会構造を大きく変えた。

・江戸城を守るため隅田川の橋は先住大橋しかなかったのが、このあと両国橋がつくられた。
・神社や寺にある燭台や灯籠などの「燈明(とうみょう:神仏に供える灯火)」が火災の原因となることが多かったから、江戸の中心地にあった寺社は移転を命じられて浅草、駒込、三田などに移った。
(だから現在でもこの辺りにはお寺が多い。)
・延焼を防ぐための火除地として「広小路」がつくられた。

アメリカ人が見た明治日本の火事・江戸時代の発想「広小路」

昔の日本の家は燃えやすくて、しかも都市(とく江戸)では住居が密集していたから、一度どこかに火がつくとすぐに延焼して大火事になってしまう。
明治時代に東京大学の教授をしていてたアメリカ人のモースは、日本の火事を見てその勢いのすごさに絶句した。

一軒が火を発すると一町村全部が燃えて了うのに不思議はない。杮というのが厚い鉋屑みたい で、火粉が飛んで来ればすぐさま燃え上るのだから……。

「日本その日その日 (モース エドワード・シルヴェスター)」

*「了う」はしまう。「杮(こけら)」は屋根にある木片。

 

消火の知識や技術が浅かった昔は、鴟尾(しび)・懸魚(げぎょ)・鬼瓦といった「おまじない」に頼る部分も多かった。
そんな話を聞いたタンザニア人は、「日本人がこんな迷信深いとは思わなかった!」と言って、ただでさえ大きい目をさらにデカくする。
「ギョギョッ」と驚くさかなクンみたいな。

いやいや、アフリカ人だって火事は怖いはずで、火除けの伝統的なおまじないのようなアイテムはあるだろう。
むしろ日本よりも種類は豊富で、かなり強そうなヤツがある予感。
という予想は大ハズレだった。

キリスト教徒の彼には、あえて言えば教会にある十字架が火災を含めたすべての厄災に対する「お守り」になる。
でも生き物をイメージして、具体的な願いを像に込めて厄除けや魔除けにする「鴟尾」や「懸魚」は、アフリカなら土着の呪術的な信仰に近いという。
彼からすると、そういう信仰は人を間違った方向へ導くただの迷信で、それを信じる人間は教育を受けていない無学の人たちだ。
ハイレベルな教育を受けて完っ璧な英語を話す彼は、そういう呪術をアフリカの発展を妨げる要因として敵視・嫌悪しているから、同じ一神教のイスラム教はいいとしても、土着の信仰をキリスト教と同じ宗教とは考えていない。
そんな考え方のアフリカ人の目に「鴟尾」や「懸魚」は、十字架よりも呪術的なアイテムのように見える。
もちろん日本は世界有数の先進国で自分はその知識を学びにやって来たし、国民の教育レベルも高いから、アフリカの土着信仰と日本の仏教や神道はまったく違うことはわかる。
屋根にある飾りも素晴らしい日本の文化だと思うが、日本人には「科学的で合理的な思考の持ち主」というイメージを持っていたから、それとのギャップを感じて驚いたと。

 

個人的に、正直いって「アフリカ人=呪術を信じる」という先入観が強かったから、タンザニア人に「日本人は迷信深いデスネ!」とビックリされるとは思わなかった。
彼からすると、世の中が進んで合理的な考え方をするようになれば、魔除けのおまじないも外すべきと考えているのかも。
でも、「一軒が火を発すると一町村全部が燃えてしまう」という日本でそれは無理だ。気休めでも、お守りがあった方が心強いし安心する。

アフリカには呪術を妄信する人がいれば、それに反発し、断固否定する彼のようなまじめなキリスト教徒もいる。
アフリカでは教育を受けた人間とそうではない人間の差がすさまじくて、基本的にはお互い別の世界で暮らしているらしい。
そういう人から話を聞くと、「鴟尾」や「懸魚」には偶像崇拝の要素があるから「迷信深い」というのも納得できる。

 

 

日本 「目次」

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。