令和と戦争中の日本 ロシア文化と敵性語(英語)の排除

 

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
そのお坊さんのことが嫌いになると、着ている袈裟(けさ)まで憎くなる。
なんでそこまで坊さんが憎まれるのかしらんけど、いったん相手に強い嫌悪感をもったら、それに関わるすべてのものを受け付けなくなる心理はわかる。

いまロシアがそんな感じだ。
ロシア軍がウクライナへ侵攻してから、ロシアに関連するものが世界的に排除されている。
スポーツ界ではとくにそれが顕著で、オリンピックやサッカー杯で締め出されたことをはじめ、国際大会へのロシア選手の参加は本当に厳しい。
世界的に有名なあの(どの?)ロシア人指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏は、ドイツのミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を解任されたし、ゲルギエフ氏が行うはずだったイタリアでの公演もキャンセルされた。
スペインの王立劇場はロシアのボリショイ・バレエ団の公演を中止したし、世界的にロシアの「キャンセルまつり」が進んでいる。
そんな空気は日本にも広がっていて、チャイコフスキーの大序曲「1812年」の演奏を取りやめる動きが相次いでいる。
この曲は、1812年にフランス軍を撃退したロシア軍を称賛しその勝利を祝う内容だから、曲に罪はないけれど、不快に思う観客もいるだろうということでボッシュート。
ネット上で「ロシア産のイクラやカニはもう買わない」、「ウオッカやめた」とボイコットの声が上がっているのは、在日ウクライナ大使館のこんなツイートの影響もあると思われ。

「日本に食料品など、沢山の#RuSSia(ロシア)産商品が販売されています。ウクライナ産の商品も多く販売されています。#RuSSia産を買うと、直接戦争の融資になります。ウクライナ産を買うと、ウクライナ抵抗と平和へのサポートになります。選択は皆さん次第です。」

ウクライナへの武力侵攻はゼッタイ許せない! というのは当然としても、ロシア排除の範囲をどこまで進めていくべきか。

 

日本では太平洋戦争が始まるころ、アメリカ・イギリスを敵対国とみなす空気が強くなって、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の論理から、全国紙が「抹殺せよ”アメリカ臭”」と報じるなど英語が敵性語として忌み嫌われるようになった。
それで1940年には内務省が敵性語追放を唱えてディック・ミネ、あきれたぼういず、笠置シズ子、ミス・コロムビアなどに芸名を変えるよう指示を出す。
それで例えば日本人のディック・ミネは「三根耕一」に改名した。

 

ディック・ミネ(三根耕一)

 

下の「藤原釜足」(ふじわら かまたり)の場合は、皇室の忠実な臣下である藤原鎌足をいじってつくった芸名は不敬だということで、内務省から改名を求められた。
まあ巻き込まれ事故だ。

 

 

「看板から米英色を抹殺しよう」と訴える『写真週報』(昭和18年)

 

「抹殺せよ”アメリカ臭”」の具体的な内容はカタカナを日本語にすること。
「ビール」を「麦酒」に変更するのはまだいいとして、なかにはかなり強引で、いまならクイズのネタになるようなものも多々あった。

「軍粮精」(ぐんろうせい)というと北斗の拳の「天狼星」みたいだけど、これは「キャラメル」のこと。
「コロッケ」→「油揚肉饅頭」(あぶらあげにくまんじゅう)
「カレーライス」→「辛味入汁掛飯」(からみいりしるかけめし)
「ドーナツ」は「砂糖天麩羅」(さとうてんぷら)となったといわれ、いまでは沖縄で砂糖天麩羅を「サーターアンダギー」と読むこともあるとか。

「ヒヤシンス」は「風信子」(ひやしんす )で読み方そままだからいいとしても、「篝火草」(かがりびそう)から「シクラメン」を連想するのはまず無理。
「チューリップ」を「鬱金香」(うこんこう)にしたのは、”アメリカ臭”とは別のニオイがしそうでイヤ。
「プラタナス」は「鈴懸樹」(すずかけのき)になった。

「オーケストラ」を「楽隊屋」、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」を「ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ」に変えるのはナルホドナで、「ヴァイオリン」を「瓢箪型糸擦機」(ひょうたんがたいとこすりき)という日本語にしたのはかなりしんどかったと思う。

 

「日本の街頭だ。しかもわれわれは、いま米英と戦っている。‥‥かかる米英媚態の看板は断然やめようではないか。」
「店名に敵米英の地名や人名を用いてあるものである。これは誰が考えても日本人をお客としている日本の店のとるべきことではなく、まして敵国の地名や人名を書くにいたっては媚態以外の何物でもないであろう。」

そんな空気から、努力に努力を重ねて「米英への媚態(敵性語の使用)」を社会から排除することに成功した!が、戦争には負けた。
もうこれは歴史の話でどうすることもできない。
いまの問題は「ロシア軍の侵攻は許せない!」という気持ちは正しいとしても、日本社会からロシアをどこまで消すべきか。
ロシア憎けりゃボルシチまで敵になって、それを食べる日本人は非国民になるのか。
「抹殺」に夢中になると、ウクライナの平和という目的から離れてしまう。
そうなるときっと空気が冷めたあと、「あのとき何をしてたんだろ?」となってしまう。

 

 

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4 件のコメント

  • > ロシア憎けりゃボルシチまで敵になって、それを食べる日本人は非国民

    どわははは、こりゃ可笑しい。
    ボルシチって、ウクライナの伝統的な料理なんですけどね(Wikipediaより)。
    ただし、他にも「ボルシチの起源を主張する国」はあるそうですが。

  • ボルシチはロシアの伝統料理でもあって、日本ではそう認識されています。
    ボルシチがウクライナ料理として出てくるアニメや小説、ドラマは見たことありません。ゼロではないですが、レアでしょう。

  • > ボルシチはロシアの伝統料理でもあって、日本ではそう認識されています。

    私だって日本人だから、そんなことは当然知っていますよ。
    そのうえで、ブログ主さんがいつも主張するように「自分で調べてみたら?」ってことです。
    英語版Wikipediaによると、
    Borscht (English: /ˈbɔːrʃ, ˈbɔːrʃt/ (audio speaker iconlisten)) is a sour soup common in Eastern Europe and Northern Asia. In English, the word “borscht” is most often associated with the soup’s variant of Ukrainian origin, made with red beetroots as one of the main ingredients, which give the dish its distinctive red color.
    だそうです。
    何でも英語の情報の方が正確だとは言いませんが、まあ、英国・米国にもロシア系移民はたくさん暮らしていることでもあるし、Borschtに関しては英語版Wikipediaの情報の方が日本人の知識よりもはるかに事実に近いと思いますがねぇ。
    そもそもロシア民族の起源は、豊かなウクライナの地から北方へ移住・独立した人々じゃないですか。伝統文化ではとても本家ウクライナの足元にも及ばないですよ。

  • >ブログ主さんがいつも主張するように「自分で調べてみたら?」ってことです。
    これは具体的に何のことでしょう?

    >ロシア民族の起源は、豊かなウクライナの地から北方へ移住・独立した人々じゃないですか。
    この根拠は何でしょうか?

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。