アメリカ人は空気を読まないし、忖度もなしで、自分の考えや気持ちをそのまま言葉にして言う。だからイエス/ノーをハッキリ伝える。
…と思っていた時期が私にもありました。
日本人に比べればたしかにそういう傾向はある。
でも知人のアメリカ人に言わせると、自分の考え方より相手の気持ちを優先して、その場の空気に合わせて話をすることはある。
そのアメリカ人は、ヒトは神によってつくられたというキリスト教の創造説を否定し、ヒトはサルから進化したという進化論を信じている。
だから、個人の自由や多様性が尊重されるニューヨークにいる友人には、「創造説なんてバカげている。進化論が正しいにきまってる」と彼女は本音を話すけど、熱心なキリスト教の信者であるおじいちゃん・おばあちゃんに向かっては「正しいのは進化論です。私たちはみな神につくられました」とタテマエを話すという。
祖父母の住むアメリカ南部は伝統的にキリスト教の影響の強い地域で、保守的で頭の固いな人が多く、北部にあるリベラルな雰囲気のNYとは違うから、南部ではトラブル回避のために空気を読んで、思ってもないことを言うときもあるらしい。
アメリカは伝統的に北部と南部で価値観や考え方が違っていて、対立することもよくあった。南北戦争はその象徴だ。
北部の社会では脱・宗教化が進んでいるけど、南部では宗教色が濃いから、上のような臨機応変なアメリカ人も出てくる。
そんな宗教的価値観をめぐって、いまアメリカ社会が二つに分かれて大騒ぎの最中だ。
ブラジルで最近、レイプされて妊娠した11歳の女児が人工妊娠中絶手術を受けた。
するとこれに激怒したボルソナロ大統領は中絶手術を「虐待」と呼び、「無力な存在の命を奪うのは容認できない」と非難声明をだして、ブラジル社会に大きな波紋を起こす。
中絶手術といえばつい先日、アメリカの連邦最高裁が女性の中絶権を憲法で認めた1973年の「ロー対ウェイド」判決をひっくり返し、社会が賛否両論に分かれてカオス状態におちいっている。
女性の中絶権を認めるべきと訴えているのは主にリベラルの人たちで、熱心なキリスト教徒は人工中絶には大反対だ。
キリスト教の特にカトリックでは、人間は創造主である神によってつくられた存在であり、生命をコントロールできるのは神だけでヒトがそれに触れてはいけない、「神からの贈りもの」である命を人が奪ってはいけないという考え方があるから、中絶には反対の立場をとっている。
伝統的にキリスト教の影響が強いアメリカ社会では熱心な信者を中心に、中絶手術に反対する人は昔から多くいた。
ローマカトリック教会は生命は始めから終わりまで”自然”であるべきで、妊娠中絶は殺人と考えているし自殺も認めない。どんな理由でもあっても、中絶は”殺人”と見ている。
これは胎児は受精後直ちに〈人間になる〉存在であるとの見解を示したものであり、ローマ・カトリック教会は公式に他の主張を退けている。
ローマ教皇フランシスコは中絶を「殺し屋を雇う」と表現したこともあるぐらい拒否感が強いから、ローマ教皇庁は今回の米最高裁の判断を称賛した。
このへんは読売新聞の記事に詳しい説明がある。(2021/10/19)
米で勢いづく「人工中絶の反対派」…キリスト教信仰に基づき、殺人とみなす考え方
この考え方だと、人工妊娠中絶手術を受けた11歳の女児も”殺人者”になってしまう。
女性の決定権を尊重した1973年の判決には、リベラルの人たちはスタンディングオベーションで歓迎した一方、保守的なキリスト教信者は激怒して、過激な反対派の中には中絶手術を行う医者を殺害する人もいた。
今回は、9人の最高裁判事らが「6対3」で「ロー対ウェイド」法の判決を否定して、中絶を認めるか、禁止・規制するかどうかの判断は各州にまかせることとなった。
それを支持した6人のうち3人はトランプ前大統領が指名した人物だから、その影響もあったはずだ。
そのトランプ氏は「きょうの判決は、中絶反対派にとって最大の勝利だ」とご満足のようす。
カトリックを信仰するけどリベラルな立場のバイデン大統領は、アメリカ人にとって「悲しい日」と最高裁の判断を非難した。
これから全米50州の半数が中絶を制限する方向へ動くとみられていて、中絶手術を行っていたクリニックのなかにはすでに閉鎖したところもある。
最高裁が人工中絶を認めないという、日本社会ではあり得ない判断にネットの反応は?
・レイプとか望まない妊娠をしても産んで育てろってことか
・避妊するだけのことじゃないの?しらんけど
・マジで意味が分からん判決だと思う
・中絶反対で死刑は賛成なのは何でだ?
・警官の判断で犯罪者を射殺する国が
中絶するかどうかは選べないと・・
国際政治学者の高坂正尭氏は「米国は間違っても、時間がたてば必ず正しい道を歩む」と述べた。
アメリカでは信仰の自由も、表現の自由も最大限認められている。
人工中絶は北部なら「進化論」、南部なら「創造説」と言い換えることで解決する問題ではない。
賛成する人も反対する人も妥協はできないだろうから、いつかは正しい道を歩むとしても、中絶を”殺人”とみなすか、女性の”権利”とするかをめぐってアメリカ社会の当面の混乱は不可避だ。
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ローマ・カソリック教会や米国の保守系キリスト教徒が堕胎に絶対反対なのは、おそらく、新約聖書に記述された「聖母マリアの受胎告知」すなわち処女懐胎の伝承が影響しているのでしょうね。あのエピソードを認めなかったら、イエスは神性の存在ではなくなってしまい、キリスト教の根底が揺らぎます。
まあキリスト教徒でない日本人からすれば「処女懐胎」なんて現代科学で考えればあり得ない、バカバカしい迷信としかいいようがないのですけどね。
彼らは、かつて避妊にも絶対反対を主張していましたが、最近はそうでもないのかな?
> 国際政治学者の高坂正尭氏は「米国は間違っても、時間がたてば必ず正しい道を歩む」と述べた。
時間がたてば、ですか。この問題と銃規制の件に関しては、とてもとても長い時間がかかりそうですね。
進化論を認めるかどうかなんて、まあたぶん、社会に害をなすほどの問題にはならない些末なことでしょう。聖書の記述に基づいて「円周率は3である」と州法で決定する方が、よほど有害です(市民や子供たちの数学能力の低下を招くことになりかねない)。