先日14日、フランスではめでたい革命記念日だった。
これは過去ツイートだけど、まあ関係ない。
【フランスの風景🌄】昨日7月14日は #フランス革命記念日 各地でお祝いされました🔵⚪️🔴夜には恒例のバル・デ・ポンピエ(消防士たちのダンスパーティ)👩🚒👨🚒🎷🎶があちこちの消防署で開かれました。🚒🎈🎆#パリ祭 #14Juillet pic.twitter.com/13saSM8LZr
— フランス大使館🇫🇷🇪🇺 (@ambafrancejp_jp) July 14, 2018
日本の歴史には、皇帝を倒し王朝を終わらせる革命は起きなかったし、いまの日本で消防士がダンスパーティーを開くこともない。
むかし7月14日の革命記念日で軍事パレードが行われた後、これに参加していた軍所属の消防隊員が消防署へ帰るとき、「ファン」が追っかけのように署までついてきた。
それである消防隊員が、一般人に消防署を開放する日をつくったらどうかと提案したら、それが通ってバル・デ・ポンピエ(消防士たちのダンスパーティ)が行われるようになったらしい。
こんな感じに、日本とフランスではいろんな違いがある。
その中でもあまりにも違うのが、国の価値観や考え方が集約される国歌の内容だ。
1789年の7月14日はフランス革命のきっかけであるバスチーユ監獄の襲撃があった日で、1795年の7月14日は「ラ・マルセイエーズ」がフランス国歌として正式に採用された日。
その歌詞は日本人の感覚だとかなり過激で、学校の入学・卒業式で歌うと場違い感がハンパない。
「栄光の日が来た!
我らに向かって 暴君の
血まみれの旗が 掲げられた
血まみれの旗が 掲げられた
聞こえるか 戦場の
残忍な敵兵の咆哮を?
奴らは汝らの元に来て
汝らの子と妻の 喉を搔(か)き切る!」
残忍な敵がやってきて、妻や子どもが殺されるぞっ!
国民は武器を持って立ち上がり、「(敵の)汚れた血が我らの畑のうねを満たすまで」戦え!
そう鼓舞するのが「ラ・マルセイエーズ」の内容だ。
同じ国歌でも、「君が代」とはここまで中身が違う。
そんなフランスの植民地だったベトナムも、国歌(進軍歌)で同じように決戦をうながしている。
国を守るために国民は敵と戦い、これを撃破しろ!といった血湧き肉躍る内容だ。
「勝利の血に染まれた旗に国の魂が宿り
進軍歌とともに銃声が遠く鳴り渡る
敵の屍の上に栄光な道を築き
逆境を乗り越え、共に抗戦拠点を構える
人民のために止むことなく戦え
戦場へ急げ!
進め!共に進め!
ベトナムの山河は永遠なり!」
ベトナム人の愛国心の強さは、控えめに言って異常。
そのワケを聞いたら、知人のベトナム人はこんな話をする。
「小学校から高校まで毎週月曜日に国旗を掲揚して、この国歌を歌いますからね。『国を守るためなら、国民は命を懸けて戦わないといけない』という意識が自然と身に付くと思いますよ。」
中国の国歌「義勇軍進行曲」は何と言うか、「心臓を捧げよ!」って感じだ。
「立ち上がれ!奴隷となることを望まぬ人びとよ!
我らが血肉で築こう新たな長城を!
中華民族に最大の危機がせまる、
一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。
立ち上がれ!立ち上がれ!立ち上がれ!
我々すべてが心を一つにして、
敵の砲火に向かって進め!
敵の砲火に向かって進め!
進め!進め!進め!」
むかし中国で働いていた知人が息子を地元の保育園(か幼稚園)に通わせていたら、この国歌を毎朝歌っているから、「君が代」より先にこっちを覚えてしまったと嘆いていた。
息子が家で突然、「立ち上がれ!奴隷となることを望まぬ人びとよ!」とか歌い始めたときは本当に驚いたと。
いま侵略者と戦っている最中のウクライナの国歌、ウクライナは滅びずも勇ましい。
「ウクライナの栄光も自由もいまだ滅びず、
若き兄弟たちよ、我らに運命はいまだ微笑むだろう。
我らが敵は日の前の露のごとく亡びるだろう。
兄弟たちよ、我らは我らの地を治めよう。
我らは自由のために魂と身体を捧げ、
兄弟たちよ、我らがコサックの氏族であることを示そう。」
「これ以上多くの犠牲者を出してはいけない。ウクライナは早く停戦(降伏)したほうがいい」といった意見が日本では一時期流行ったが、ゼレンスキー大統領もウクライナ国民もそれは断固拒否した。
そのワケはこの国歌を見ればよく分かる。
良いか悪いかは抜きにして、とにかく国に対する思いの重さが違うのだ。
ロシアに隣接しているリトアニアに住む知人は、「犠牲を恐れて抵抗しないという消極的な姿勢を見せれば、ロシアに好きなようにされる。それは将来的に、もっと大きな犠牲を出すことにつながる」と話す。
1991年にロシアから独立したリトアニアは、ロシアの支配がどんなものかをよく知っている。
ウクライナの人たちも同じ気持ちだろう。
ウクライナへの「降伏のススメ」についていろんな外国人に聞いてみても、この考えに同意する人は皆無だった。
犠牲者を出してはいけないというのは分かるけど、だからといって降伏は最適解ではない。国を守って戦うことは何よりも大事だと。
こういう外国人と日本人の愛国心や平和の考え方の違いは、学校やスポーツの試合などいろんな場面で歌う国歌もきっと影響している。
「血まみれの旗が 掲げられた」
「立ち上がれ!奴隷となることを望まぬ人びとよ!」
「敵の屍の上に栄光な道を築き」
「我らは自由のために魂と身体を捧げ」
子どものころからこんな勇ましい歌を歌っている外国人が、「君が代」を歌う日本人と同じメンタリティーをしているはずがない。
命の“選別”・トリアージとは?その歴史や日本での訴訟事例など
<<<「これ以上多くの犠牲者を出してはいけない。ウクライナは早く停戦(降伏)したほうがいい」 といった意見が日本では一時期流行った…
ビスマルク「しょうがない、日本は、1920年代から1990年代までソ連の領土になって、自国民の作った食糧が全て収奪された歴史を経験していないから。
しょせん人間は(本当にシんでしまうほどの悲惨な)自分の経験から学ぶのが常」