少しまえイギリス人がSNSに、こんなメッセージをしてたのを発見。
「So tomorrow is bonfire night/fireworks day….the day we celebrate the fact that a guy wasn’t able to blow shit up and light things on fire….. by blowing shit up and lighting things on fire…….」
明日は、ボンファイア・ナイト(たき火の夜)/花火の日…
ある男が吹っ飛ばすことに失敗したことを祝う日…
これは1605年の11月5日、ロンドンで国王を爆殺しようとするも、直前でバレた「火薬陰謀事件」のこと。
日本で花火は夏のイベントでも、知人のイギリス人に聞くと、花火というと11月5日の「ガイ・フォークス・デー」が真っ先に思い浮かぶと言う。
ということで、その由来となった「火薬陰謀事件」を知っていこう。
日本の歴史と違って、このころヨーロッパで起こる争いの原因はなんつっても「宗教」。
イングランドの国王ヘンリー8世は離婚して別の女性と結婚したいために、カトリック教会とは縁を切って、1534年に新しいキリスト教の「イングランド国教会」を成立して自分がそのトップとなる。
ヘンリー8世(1491年 – 1547年)
ヘンリー8世の娘・エリザベス1世がイングランド国教会を国教にするなど、この時代のイギリス(イングランド)はイングランド国教会が支配的で、立場の弱いカトリックの信者はさまざまな弾圧を受けていた。
カトリック教徒は法律によってプロテスタント(イングランド国教会)の礼拝に出席するか、出席を拒否するかの選択を強要され、拒否した人は非難を受ける。
それでほとんどのカトリック信者は、表面的にはイングランド国教会に従いつつも、ひそかにカトリックの信仰を持ち続けたという。
Catholics were forced to choose between attending Protestant services to comply with the law or refusing to attend.(中略)Catholics who outwardly conformed to the established church while maintaining their Catholic faith in secret.
このへんは江戸時代の「隠れキリシタン」とそっくりですね。
カトリックに対する厳しい態度は、次のジェームズ1世になっても変わらない。
それでガマンの限界に達し、一部のカトリック教徒は国王の暗殺を考え仲間を集めて実行にうつす。
その計画とは、ジェームズ1世や側近がウェストミンスター宮殿に集まったところで、まとめて爆殺するというオソロシイもの。
カトリックのテロリスト集団は、ウェストミンスター宮殿の地下へ大量の火薬を運び込むことに成功し、後はタイミングに合わせて火をつけるだけとなる。
でもその直前、1605年11月4日の夜、ガイ・フォークスというアヤシサ満点の男が見つかった。
その日の夜遅く、トマス・ニヴィット率いる探索隊が問題の地下室を訪れた。そこでマントと帽子を身にまとい、拍車のついたブーツを履いたフォークスを再発見した。
逮捕されるフォークス
王を暗殺するとか「害・フォークス」と言っていい。
「王殺し」という大罪を企てた人間には、もはやただの処刑ではなまぬるい。
フォークスをはじめ、火薬陰謀事件の実行犯は人類史上、最も残虐な処刑ともいわれる「首吊り、内臓えぐり、仕上げに八つ裂き」を宣告される。
ウィンザー城での祝祭(18世紀)
この爆殺未遂事件から、国王ジェームズ1世の無事が確認された11月5日に、それを祝って市民がたき火をおこなうようになり、「ボンファイア・ナイト(たき火の夜)」がうまれた。
それがやがて現在の「ガイ・フォークス・ナイト」として、イギリスの花火大会の日となって、こんな国民のメッセージにつながる。
「So tomorrow is bonfire night/fireworks day….the day we celebrate the fact that a guy wasn’t able to blow shit up and light things on fire….. by blowing shit up and lighting things on fire…….」
【島国 vs 大陸国】日本人とヨーロッパ人の違いは“国境の感覚”
コメントを残す