ビールの国からやってきたドイツ人と、アルコールを飲めないイスラム教徒のインドネシア人と会った。
日本のあちこちを旅行した彼らは、都会でも立ち止まって道を教えてくれたり、場所が分からないとスマホで調べてくれたりするといった、日本人の親切心やに感激したという。
くわしいことは前回の記事を。
でも文化や価値観の違う外国人からすると、美点は欠点にもなるらしい。
ーーインドネシアでは道を聞いてきた人に、あいまいで不正確な情報を教えても大丈夫なんですか?
インドネシア人:普通はそこまで考えませんよ。
もし間違ったことを教えたとしても、悪意はないですから罪悪感もありません。
インドネシア人は寛容であまり怒りませんから、相手も「あれ? 何かおかしい」と思ったらまたそのへんの人に聞いて、最終的には目的地へたどり着きます。
だから大丈夫ですよ。
ドイツ人:日本人はとても親切だけど、他人のことを考えすぎだと思うこともある。
まえに日本人の友人に「ドイツでは、時間や手間をかけて道を教える人は少ないよ。だから、日本人の親切には感動した!」って言ったら、「それは親切心だけじゃなくて、断るのが申し訳ないという気持ちもあると思う」と聞いて驚いた。
でも言われてみると、確かにそれはあると思う。
日本人は何かを断るときに、「すいませんけど~」とよく謝罪の言葉を入れるから違和感を感じたし、罪悪感を感じる人は多いと思う。
ドイツ人は良くも悪くも自分を大事にする。
「自分ファースト」だから、スマホを取り出して、場所を確認するようなことは普通はしない。
知らない人間にそこまでの時間や手間をかけたくないし、自分の用事が最優先で、断ることに抵抗を感じないから「すいません」なんて言わない。
ーーなるほどです。
日本人に比べると、インドネシア人は基本的に大ざっぱで、ドイツ人は「自分が大事」ってことですね。
インドネシア人:大学の文化祭で特にそれを感じました。
みんな5分前に集まって、予定時刻になると当たり前のように打ち合わせが始まります。
日本人にはアタリマエのことですけど、自分としては「仕事じゃないのにスゲー!」って内心ではビックリします。
細かいことまで考えて話し合って、それぞれに役割が与えられると、みんなそれをキッチリこなします。
大学のイベントで、そんなに一生懸命にならなくてもいいと思いますけどね。
何でも丁寧・正確にやろうとする日本人の感覚に合わせると、「そこまで?」とストレスを感じることがあります。
いまレストランでアルバイトをしていますが、お客さんがほとんどいない時でも、テーブルを拭くよう指示されます。
でも、十分キレイだから、「これって意味あるの?」と疑問に思いながら手を動かします。
インドネシアなら店員がスマホをいじったり、おしゃべりするところでも、日本人はそうしないで仕事を見つけてとにかく働きます。
日本人の完成度を100%としたら、インドネシア人は80%と言いましたが、インドネシアを基準にしたら、日本では2割ぐらいの作業が無意味に感じます。
インドネシア人は仕事や作業の合格基準がゆるい分、全体的にリラックスしていて、自分の時間を楽しんでいますよ。
ドイツ人:日本人はとても丁寧だけど、「やりすぎ」と思うこともよくある。
電車や地下鉄は超時間厳守で走っていて、1分でも遅れると「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とアナウンスが流れるとユーチューブで見てビックリしたよ。
そんな厳しい基準で働いている駅員が気の毒だね。
ドイツなら、電車が数分遅れても鉄道会社が謝罪することはないし、駅員に文句を言ったら「じゃあ、バスで行け!」と怒られる。
正確性や信頼を大切にするのはいいことでも、そこまで他人のことを考えるのは疲れそう。
ドイツ人は“自分優先”だから、道を聞かれても、日本人みたいスマホを取り出して調べてくれる人は少ない。
ただし美人・イケメンはのぞく。
インドネシア人はリラックスすることが大事と言ったけど、ドイツ人は自分の権利を大事にする。
そんな日本人との意識の違いが、社会のいろんなところに表れていると思う。
*ドイツの鉄道では6分までなら、「遅延」として集計されない。(2020年情報)
つまりそれ以内なら「遅れ」じゃないから、国民の感覚も日本人とは違うはず。
ということで旅行者の立場なら、ドイツ人もインドネシア人も日本人の親切や正確さを最高レベルで評価しているし、各種サービスにも好印象。
でも日本で生活していると、他人のために自分をすり減らしているように見えて、「もっとリラックスしたらいいのに」とか、「もっと自分自身を大事にするべき」と感じてしまう。
かといって、従業員が客よりスマホを見ていたり、「ならバスで行け!」と駅員に怒鳴られるのもイヤだし、これはもうどうしようもない。
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