日本で一番高い山はもちろん富士山。
でも、そうじゃなかった時代もある。
1941年のきょう12月2日、東京の大本営が日本海軍の機動部隊に、「ニイタカヤマノボレ1208」と電文を送った。
ニイタカヤマ(新高山)とは現在の台湾にある玉山(ぎょくざん)のことで、その高さは3,952mもある。
当時、台湾は日本の領土の一部だったから、“日本一高い山”は富士山ではなく、新高山だった。
上の電文は、12月8日に米軍基地のあるハワイの真珠湾に奇襲攻撃をしろという意味で、この暗号電文を受け取った機動部隊は準備を進め、5日後に真珠湾攻撃をおこなって太平洋戦争がはじまった。
*厳密には、その1時間ほど前に陸軍がマレー半島に上陸してイギリス軍と戦ったから、これを太平洋戦争のはじまりとする見方もある。
日本が新高山へ登った結果、「リメンバー・パールハーバー」とアメリカ人の本気を引き出してしまう。
人類最初の核実験であるトリニティ実験
同じころアメリカでは、科学者や技術者総動員して、後に「マンハッタン計画」と呼ばれる原子爆弾の製造計画が進められていた。
当時、アメリカはナチス=ドイツが先に核兵器を開発することを恐れ、全力でこの計画を推進していた。
大本営が日本海軍に真珠湾攻撃の日を伝えた一年後、1941年の12月2日に、アメリカは核分裂の連鎖反応の実験を成功させ、世界初の原子炉がうまれた。
そして、1945年7月16日、アメリカは世界初の核実験である「トリニティ実験」をおこない、不幸にも成功させてしまう。
そのすさまじい破壊力を目の当たりにして、マンハッタン計画を主導した科学者のオッペンハイマーは、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』にあるこんな言葉を思い出したという。
「我は死神なり、世界の破壊者なり」
そして、翌月8月6日に広島、9日には長崎に原子爆弾が投下され、15日に日本は降伏を宣言した。
「ニイタカヤマノボレ」で真珠湾を攻撃をしてはじまった戦争は、マンハッタン計画が生み出した死神によって終結した。
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