日本人は誤解してないか? 飢餓とは別世界のアフリカ

 

脳にある情報をアップデートしなかったり、一部を全体と思い込んでいたりすると、事実を知った時に衝撃を受けることがある。
インドネシアについて、「とても貧しい」や「人びとは浅黒い肌をしている」という固定観念を持っていた日本人が、リアルのインドネシアを知ってビックリしたというケースもあった。

驚きの発展・白さ 日本人はまだインドネシアを知らない

アフリカのイメージについても、日本では誤解が多いと思う。

 

子どもが食事をしていて、嫌いなものや食べきれないものがあると、

「ちゃんと全部食べなさい。アフリカには、食べたくても食べられない子がたくさんいるんだから」

と親が言う。
すると子どもが、

「ボクが残さず食べても、アフリカの子どものお腹はいっぱいにならない」
「アフリカの子どもだって満腹になれば残すわ」

と、言い返すパターンが全国の学校や家庭であった(気がする)。
いまの日本でも、こんな昭和なやり取りがあるかどうかは分からないが、「アフリカは貧しく、食べ物に困っている人がたくさんいる」といったイメージは一般的にあると思う。
しかし、現実はかなり違うらしい。

 

西アフリカの子どもたち

 

日本に住んでいる東アフリカ出身のルワンダ人とタンザニア人、それと西アフリカのナイジェリアから来たカップルと一緒にご飯を食べに行ったことがある。
ちなみに、ルワンダ人とタンザニア人はキリスト教徒で、ナイジェリア人の夫婦はイスラム教徒だ。
ナイジェリア人の妻は1周間ほど前に日本に来たばかりで、日本のレストランへ行ったのはその時が初めて。
彼女はパスタを選び、しばらくしてから、スタッフが「お待たせしました〜」と料理を持ってきて彼女の前に置く。
ナイジェリア人の女性はそのパスタを見ると、目を大きくし、動きが止まった。
違和感を感じる、という次元を超えて彼女は動揺している。

「これはどういうこと?」という妻の驚きを夫はすぐに理解し、ニヤニヤしながら「それが日本なんだよ」と言う。
ボクには、何が起きているのかさっぱり分からない。
ワケを聞くと、その女性はメニューの写真を見て想像したものと比べて、実際の料理があまりにも少なかったから、「コレだけなの…」と絶句したらしい。

ほかの3人もみんな日本へ来たころ、食べ物の量が少ないことに衝撃を受けたと言う。
アフリカのレストランで食事をすると、食べきれないほどの量が出てきて、満腹になって店を出ることがよくあった。
日本では、食べ放題の店ぐらいでしか、その感覚を味わえない。
アフリカでは太った人が多いのに対して、日本ではスリムな体型をしている人が多い理由が分かった。
一般的な店の料理の量はあまりに少ないから、出てきたときにビックリして、店を出るときには不満を感じることがよくあった。
でも、日本での生活に慣れると、「満腹=満足」という感覚は過去のものになったと言う。

胃が日本サイズになったこともあるけど、少食に慣れると、ダイエットになるから健康にはとても良い。
ルワンダ人は日本へ来てから、体重が 10キロ以上も減った。
家族とビデオ通話をしていて、母親から「アンタ、どんどんやせているけど、大丈夫? 日本の生活はそんなに大変なの?」と本気で心配されたほど。
でも実際には、体重が軽くなって、体調はむしろ良くなっているから、彼はその状態に満足している。
タンザニア人とナイジェリア人も彼ほどではないが、ナチュラルにやせていったという。

 

彼らは国も宗教も違うけど、日本に来てから、こんな価値観や意識の変化があったと話す。

日本の基準が標準になると、アフリカは大きな問題を抱えているように見えてきた。
アフリカにいた時は、腹いっぱい食べて、食べ残しが出ればそのまま捨てることが普通で、ほとんど気にしていなかった。
しかし、日本人はそういう無駄が大嫌いで、食べ物をすべて食べることを美徳と考えている。
日常的にそんな態度に接していて、自分もその考え方が正しいと思うようなってきた。

アフリカでは紛争や飢饉が起きると、食べ物に困る人がたくさん出るし、日常でも、都市には残飯をあさるような人がいる。
でも、それはアフリカの例外や一部でしかない。
最近では、食べ物を作りすぎて、大量に廃棄する「フードロス」が社会的な問題になってきている。
フードロスは街のレストランや学校、職場などいろんな場所で起きていて、みんなそれに慣れてしまっているから、呼吸をするような当然のことで悪いことだとは思わない。
それは良くないと頭では分かっている人でも、なかなか行動に移さない。
フードロスは「アフリカ文化の一部」だから、この状況を改善することはむずかしい。
自分は日本に来てから、食べ残しに罪悪感を感じるようになって、料理では「ジャストサイズ」の量を作る意識が強くなった。

細かいところは違っても、3人ともそんな話をしていた。
いまのアフリカでは食糧不足よりも、恵方巻きみたいに、大量廃棄のフードロスの方が大きな問題になっていると考えた方が現実に合っている。

 

彼らの話を聞いて、ケニア人のマータイ(1940年 – 2011年)さんを思い出した。
ノーベル平和賞を受賞した女性で、世界的に有名な環境保護活動家だ。
マータイが 2005年に来日した時、「もったいない」という日本語を知り、彼女は環境問題を考えるに重要なキーワードになると確信した。

英語なら「wasteful」がこの意味に近い。
でも、「wasteful」には「もったいない」のように、自然や物に対するリスペクトや、それらに対する愛情が込められていないから、やっぱり違う。
「もったいない」は、リデュース(消費削減)、リユース(再使用)、リサイクル(再生利用)の環境活動で重要な「3R」とリスペクト(尊敬)の考え方をひと言で表現できる。
マータイはこの言葉に感銘を受けて、『MOTTAINAI』を世界共通の言葉として広めることにした。
彼女は「MOTTAINAI」キャンペーンをはじめ、国連女性地位委員会に出席した際には、全員で「モッタイナイ」を唱和したこともある。

アフリカ人にとっては、この言葉は特に重要らしい。
マータイは、天然資源をめぐって争いが起こり、それが戦争に発展することを防ぐためには、限られた資源を有効に利用し、公平に分け合う必要があると指摘した。

we should all use limited resources effectively and share them fairly if we are to avert wars arising from disputes over natural resources.

Mottainai

 

マータイによって新しい価値が加えられた「Mottainai」の精神を、日本人ももう一度見直していいと思う。

 

 

 

アフリカ 「目次」 ①

アフリカ 「目次」 ②

【日本人の二面性】タンザニア人が来日して印象的だったこと

【白人の責務】アフリカ・中東で直線の国境が多い悲しい理由

アフリカ人と日本人の宗教観 神社で「恐怖」を感じたわけ

 

2 件のコメント

  • アフリカでもガリガリの人なんてごく一部なのに日本人の意識は遅れている、と言われても。
    恵まれない国の子どもたちに募金を、と常日頃から街頭なりCMなり、時には学校なんかでも募金や寄付を求められてますからねぇ。
    先ずは先進国や国連の人道支援に頼る自政府を改めたら、と思いますよ。
    自国内の貧困層や各種インフラ整備は、本来その国の政府が税による富の再分配で何とかすべき問題ですからね。
    飽食も文化の一部だから、というのもそうですね。他国に支援を求めつつ常日頃浪費ばかりしているなら、先ずは節約しろと言われても仕方ないでしょう。

  • ナイジェリアにいる日本人より金持ちの人なんで、テレビでは出てこないですね。
    日本人はそういうアフリカを求めていないのでしょう。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。