最近、日本に住んでいる20代のミャンマー人2人と話をしたから、今回は、その内容をシェアしようと思う。
文章は、歴史に興味のある日本人に合わせてみた。
ところで、ミャンマーには「タナカ」という国民的な化粧品があることをご存知だろうか?
この化粧品にちなんで、この記事では、ミャンマー人の男女を「タナカくん/タナカさん」と呼ぶことにする。
ミャンマーのタナカ
タナカさんは子どものころにおばあさんから、「朝起きたら、出かける前に必ずタナカを付けなさい。そうすれば悪霊から守られるから」と言われた。
これには魔除けの効果があると信じる人もいるらしい。
ーーじゃ、まずは日本のハジマリを紹介しよう。
日本という国は、初代天皇である神武天皇が即位した紀元前660年からはじまった。
それが2月11日だったから、いまでは建国記念の日になっている。
でも、それは神話で、歴史ではない。
「ガチ」の話をすると、古代の日本では各地に豪族が治める「クニ」があった。
*「国」と言えるほどしっかりした統治体制はなかったから、「クニ」と表記する。
5世紀ごろ、ヤマト王権にパワフルな「大王(おおきみ)」が登場すると、次々と「クニ」を併合していき、ヤマト王権が九州から東北の南部までを支配するようになる。
この大王は、日本書紀に「大悪天皇」と書かれた雄略天皇と考えられている。
日本ではヤマト王権があった古墳時代に、国家統一がコンプリート。
じゃ、今度は君たちのターン。
ミャンマーの歴史で、国が統一されたのは一体いつごろ?
タナカくん:それはタウングー王朝(14〜18世紀)の時代ですね。
タウングー朝はとても強く、ミャンマーの歴史上、いちばん広い領土をもっていました。
ーー(地図を見て)えっ! タウングー王朝ってめちゃくちゃ広い。
いまのインド東部からベトナムまであって、タイとラオスが含まれている。
ミャンマーに、こんな強大な王朝があったなんて知らなかった。
タウングー王朝の王を前にして、使節がひざまずいている。
タナカさん:ちょっとマッテ。
いま調べてみたんですけど、それは違うようです。
ミャンマーが初めて統一されたのは、パガン王朝時代(11〜14世紀)のようですね。
タナカくん:え?
すみません、私が間違っていました。
ーー素直でよろしい。
(でも、認めるのが早すぎないか?)
タナカさん:パガン時代に、ビルマ族のアノーヤター王が現れて領土を広げていきます。
11世紀に彼が南に進軍して、大きな勢力だったモン族のタトゥン王国を滅ぼし、ミャンマーの国が統一されたそうです。
この際、アノーヤター王はタトゥン王国の都だったダゴンを「ヤンゴン」に改名しました。
ヤンゴンの意味は「すべての敵を倒した」ですから、アノーヤター王は勝利を記念して命名したんでしょうね。
「ダゴン」という古い国の名前は、いまでも「シュエダゴン・パゴダ」に残っています。
ーーヤンゴンは2006年まで首都だったところで、いまでもミャンマーで最大の都市だよね。
アノーヤター王は、いわば雄略天皇だったと。
なるほど。
今日はありがとう。
タナカくん&さん:チェーズーティンパァデェ(ありがとう)
ヤンゴンにある仏教寺院のシュエダゴン・パゴダ。
日本で例えるなら、伊勢神宮のような格式の高いところ。
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