先月、フランスからボージョレ・ヌーヴォーが日本に到着して、それが明日11月21日に販売される予定。
以前は「ボジョレー」と言っていた気がするけれど、「ボージョレ」が正解らしく、最近ではこの表現をよく見かける。前にSNSで、誰かが「ボージョレ・ヌーヴォー」と書いたら、「それは正しくありません」とワイン警察に突っ込まれていた。
ボージョレはブルゴーニュ地方にある地区の名前で、ヌーヴォー(nouveau)とはフランス語で「新しい」という意味。ワイン業界でヌーヴォーは、その年に収穫されたぶどうを使ってつくられる新酒のワインを指すため、ボージョレ・ヌーヴォーを直訳すると「ボージョレ地区の新酒」となる。
ちなみに、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで流行した美術運動、アール・ヌーヴォーとは「新しい芸術」という意味だ。
このワインの到着や解禁(11月の第3木曜日)は、今では日本の秋の風物詩になっているけれど、秋の季語になるにはボジョレー・ヌーヴォーは長過ぎる。
日本でこの新酒が話題になる理由には独自のキャッチコピーがあって、この言葉の破壊力はめっぽう高い。
「110年ぶりの当たり年」(2003年)
「100年に1度の出来とされた03年を超す21世紀最高の出来栄え」(2011年)
「我がワイン人生最良のヌーヴォー」(2015年)
「理想的な条件のもと、すばらしいヴィンテージへの期待高まる」(2018年)
キャッチコピーも年によって不作と豊作がある。今年2024年のコピーはまだ発表されていないが、期待は高まる。
日本でボジョレー・ヌーヴォーの人気が高まり、社会に定着した理由には味やコピーのほかに「掘り起こし共鳴現象」があると思われる。
これは昔、京都大学の矢野暢(とおる)教授が指摘したことで、海外から新しい文化や思想などが伝わると、その国の過去の文化の中から、それと似たものを“掘り起こして”共鳴するという。
「初出しのワイン」のボジョレー・ヌーボーに反応(共鳴)した日本の伝統文化は、「初物」だ。
戦乱の時代が終わって江戸時代になると、庶民の生活は豊かになって、「初物を食べると75日長生きする」と言われるなど、初物ブームが起こる。
初鰹や初筍(たけのこ)などが有名で、初鰹・初鮭・初ナス・初茸は「初物四天王」と呼ばれた。「女房を質に入れても初鰹(を買え)」という、現代の日本なら直球ストレートの性差別になる川柳がはやったこともある。
人びとは高いお金を出しても初物を買おうとするから、生産者は「先んずれば人を制す」で早く収穫するために、ゴミの発酵熱を利用した野菜の促成栽培を行うようになった。
自然に育つ旬の時期に比べて、そうした人為的に早く生産・収穫した初物は質が低い。それでも縁起が良いとか、初物を食べることは「粋」だからといった理由で初物は江戸の庶民の心をガッチリつかむ。
競争がエスカレートすると、農家はお米よりもうかる初物の野菜を生産しようとしたり、初物が幕府の禁じる“ぜいたく品”と見なされるようになったりして、初物を禁止する法律(お触れ)が何度も出されるようになる。
これによって、特定の野菜や果物について「◯は□月になってから出荷するように」と時期が指定され、それを破ると罰せられた。(もちろん、野菜の生産や出荷を禁止したわけではない。)
また、水野忠邦の天保の改革では、初物をアピールして飲食店が高い値段で料理を提供していることが問題視され、キュウリやナスなどの初物を促成栽培で生産することが禁止された。
しかし、こんなお触れが何度も出されたということは、初物を求める庶民の気持ちを抑えられなかったことの表れでもある。
ほかにも、日本人には「初日の出」を尊く感じる独特の感性もある。
フランスの新酒であるボージョレ・ヌーボーが日本で人気になり、秋の風物詩として社会に定着したのも、それが江戸時代から伝わる初鰹や初酒をありがたがる「初物文化」を掘り起こして、共鳴したからだろう。つまり、初鰹や初ナスの延長だ。
日本の伝統と合っていなくて、ただ珍しいだけなら、きっとすぐに消えていた。
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