江戸時代が終了して明治になると、日本はたくさんの西洋人を招いて、先進的な文化や思想、制度などを積極的に導入していた。そんな「お雇い外国人」の中にアメリカの動物学者モースがいて、彼は2年間、東京帝国大学(今の東京大学)の教授をしていた。モースは日本が気に入ったらしく、その後2回も来日している。
モースが日本で経験したことを記した『日本その日その日』を読むと、違う文化圏の人から見た明治時代の日本の社会や人々の様子がよくわかる。モースはその中で、日本での生活について「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい」と日本人の誠実さを高く評価した。
たとえば彼はこんな一例を挙げている。
ある日、モースが召使いに外套(がいとう:コートなど、雨や風を防ぐための厚手の上着)をクリーニングに出してほしいと頼むと、召使いは「がってん!」と言って(たぶん)、それを持って出ていった。そのあと、彼が感心した召使いの行動について『日本その日その日』にはこう書かれている。
「間もなくポケットの一つに小銭若干が入っていたのに気がついてそれを持って来たが、また、今度はサンフランシスコの乗合馬車の切符を三枚もって来た。」
アメリカではこんなとき、召使いが主人のコインを自分のものにするのは普通のことだったから、正直に申し出る日本人と接して、モースは「気持ちがよい」と感じた。
彼が日本の“リピーター”になった理由の一つには、このような誠実さがあったと思われる。
では、令和の日本人はどうなのか?
モース(1838年 – 1925年)
「降る雪や 明治は遠く なりにけり」で、1912年に明治時代が終わってから100年以上が過ぎて、現在の日本は令和7年を進行中。
知人のタイ人は日本に3年住んでいて、数年前に帰国して今はバンコクに住んでいる。彼はわりとお金を持っていて、日常会話レベルの日本語ができるから、その辺を自慢したいこともあってたまに彼女を連れて日本へ旅行にやって来る。
このまえ彼と話したところ、昨年は彼女と一緒に九州を訪れて、博多でグルメを楽しんだり、湯布院で温泉に入ってリラックスしたりしたと言っていた。でも、2人にとって最も印象に残ったのは「誠実さ」だった。
その日、夜遅くまで遊んでいたから、タクシーを利用してホテルまで帰ると、ドライバーは表示された料金より2千円少ない金額を請求した。
彼には割引される理由が分からなかったから、それをたずねると、ドライバーは「道を間違えて遠回りしてしまったので、その分は受け取れません」と言う。彼はその言葉に感動し、一瞬、言葉が出てこなくなった。何が起きているのか分からない彼女にドライバーの話を伝えると、彼女も時間停止の魔法をかけられた。
2人はチップとして2千円をぜひ受け取ってほしいと頼んだけれど、ドライバーは自分のミスだから、それを受け取れないと拒否する。結局、言われた金額を支払ってタクシーを降りた。
タイではこの逆がよく起こる。
だから彼女は最初、ドライバーが表示額以上の料金を請求するから、彼氏が驚いてボッタクリに抗議しているのだと誤解してしまった。タイなら「あるある」で、ドライバーが遠回りしたと素直に申し出て、そのぶんを割引するという展開はドラマならあるかもしれない。そんなことが現実で起こるとは思わなかったから、彼女は恥ずかしくなったという。
一日の仕事が終わると、メーターと売上額をチェックするから、ドライバーは足りない2千円を自分で払ったことになる。実際のところは分からないけれど、2人はそう考え、正直&誠実なドライバーと出会ったことが今回の旅で最高の思い出になった。
最近では、「Grab」や「Uber」などの配車アプリが登場したから、ボッタクリなどの不正行為は無くなって、安全にタクシーを利用できるようになったと思っていたら、意外とそうでもなかった。
SNSで東南アジアを旅行した日本人に聞いたところ、次々にこんな被害報告が寄せられた。
・本人確認の画面とは別人としか思えないドライバーが現れ、「私が本人だ!」と押し切られ、その車に乗ったら、やっぱり違うドライバーで相場の2〜3倍のカネを取られた。
・料金をぼったくられたうえ、指定した場所とは違う場所で降ろされた。
・「込み」だったはずの空港・高速の利用料金を請求された。
・乗客が日本人だと分かると、ドライバーは現金でチップを払えと要求し、拒否すると怒って走り去った。
・車を走り出すと、ドライバーが「キャンセルして、いま自分に直接払ってほしい」と言い出し、ボッタクリ料金を提示された。夜で人気のないところを走っていて、プラス500円くらいだったから、身の危険を感じてドライバーの要求に応じてしまった。
*こうした場合、アプリ会社に通報すれば、ぼったくられた金額が返金されることもある。
配車アプリを使っても、ボッタクリ被害にあう日本人が絶えない。そのため、ベトナムの在ホーチミン大使館は事例を挙げて注意を呼びかけている。
GRAB(オンライン配車サービス)の運転手を騙るベトナム人による白タク被害について
ほかにも、ボッタクリではないけれど、後でもっと稼げる仕事が入ると、キャンセルしてそっちに乗りかえるドライバーが多いから、特に雨の日は注意した方がいいと言う日本人もいた。
ITが進化して便利なアプリが登場しても、ドライバーの人間性が変わらない限り、手口が変わるだけでボッタクリはなくならない。日本は完璧とは言えないが、世界的にはその被害に遭う可能性はトップレベルで低い。
むしろ逆のことが起こって、最高の思い出になることもある。タイ人2人も「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい」と感じたはずだ。
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