仏教・キリスト教・イスラム教の比較(違い)② 資本主義(金儲け)と宗教 

 

はじめの一言

「日本人はおしなべて親切で愛想がよい。底抜けに陽気な住民は、子供じみた手前勝手な哄笑をよくするが、これは電流のごとく伝播する
(クライトナー 明治時代)」「逝き日の面影 平凡社」

 

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今回の内容

・キリスト教と金もうけ
・仏教と金もうけ(日本の資本主義を「つくった」人)
・うざい国が「うざい」ワケ

 

・キリスト教と金もうけ

キリスト教では、「金をもうけること」をどう考えていたのか?
イスラーム教とは違って、「金もうけは良いことではない」という考え方が強くあって、利潤の追求は認めていなかった。
でも、これはキリスト教のカトリックの考え方。

「そんなことはないですよ。お金をもうけることは悪いことではありませんよ」と金もうけを認めたのは、16世紀に生まれたキリスト教のプロテスタント(新教)になる。

同じキリスト教徒の中でも、プロテスタントだけが、「利潤も利息も正当」と認めた。
だからこそ資本主義が生まれたーそれがマックス・ウェーバーの理論だ

(逆説の日本史 14 井沢元彦)

 

ウィキペディアにもこうある。

禁欲的プロテスタンティズムが与えた影響は、それだけではない。
禁欲的プロテスタンティズムは、「利潤の肯定」と「利潤の追求の正当化」を生み出した。
つまり、金儲けに正当性を与えたのである。

金儲けに正当性が与えられない社会では、金儲けは当然抑制され、近代資本主義社会へと発展することはないはずである。

 

「金もうけは悪くない。いいですよ」と、プロテスタントが認める前まで、キリスト教(カトリック)では、約1500年の間、「金もうけは良いことではない」とされていた。

さらに注目すべきことは、井沢元彦氏の記述にあるようにプロテスタントの考え方(プロテスタンティズム)が、日本を含めて世界中に国で採用されている「資本主義」という考え方を誕生させていること。

 

このあたりのことをもっと知りたかったら、マック・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本を読んでください。
これは、世界が認めた名著でもある。

1998年に国際社会学会が選出した「20世紀の名著 トップ10」では第4位となっている

(ウィキペディア)

 

・仏教と金もうけ(日本の資本主義を「つくった」人)

仏教では、「金をもうけること」をどう考えていたのか?

中世のカトリックのように、仏教でも「金もうけは良くない」とされていた。
そもそも仏教で大切なことは、「~が欲しい」という欲望をなくすこと。
だから、「お金をもうけたい!」という考えはなかなか認められない。

でもそれを変えたのが鈴木正三(すずきしょうさん)という人。

鈴木正山

1579~1655 曹洞宗の禅僧
島原の乱後、キリシタンの改宗に努める。また、世俗的職業に努力することを通して仏道修行もできると説いた。

(日本史用語集 山川出版)

 

山本七平氏は、この鈴木正三が日本の資本主義をつくったと言っている。

私は、これから、日本の資本主義をつくった人物として、鈴木正三をとりあげようとしている。

(日本資本主義の精神 山本七平)

 

この鈴木正三は先ほどのキリスト教のプロテスタンテトと同じように、「お金をもうけることは良いこと」と考えてそれを世の人々にそれを伝えた。
山本七平氏は、正三のこの考え方が、「日本を変えた」と言っている。

ただ、「お金をもうけることは良いことだ」といっても条件がある。
「お金が欲しい!」という気持ちから、お金をもうけてはいけないと正三はいましめた。

 

お金のためではなくて、「世のため人のために一生懸命働いて、その結果としてお金を手に入れる」ということなら良いことだと言っている。

お金のためではなくて、人のために働くことは良いこと。
そして良いことをした結果として、金をもうけることは良いと考えた。
戦国時代に生きた鈴木正三の考え方は、平成の日本人の常識と同じ。

 

・うざい国が「うざい」ワケ

ということで、ヨーロッパ(キリスト教)と日本(仏教)では、「お金をもうけることは良いことですよ」という考えが生まれてから、まだ400年ほどしかたっていない。

イスラーム教ではもともと金もうけを「悪」とする考え方はない。
イスラーム教が始まってから約1600年、それが常識となっている。
「金もうけ」に対する考え方が、イスラーム教とキリスト教・仏教とではまったく違う。

このことが、イスラーム教と「世界3大うざい国」につながっているのではないかと思う。
イスラーム教徒は金をもうけることにまったく罪悪感がないから、遠慮も容赦(ようしゃ)もなくすごい値段をふっかけてきたり、強引に商売をしてきたりするんじゃないかと。
この考えも強引かもしれないけどね。

 

前に「ザカート(喜捨)」のことで話をしたインドネシア人のムスリム(イスラーム教徒)も、この考えではボクと意見が合った。

「イスラーム教の教えでは、金もうけは悪いことではありません。クルアーン(聖書:コーラン)には、お金もうけを悪とするようなことは書いていませんから。稼いでも、ザカートをすればいいです。こういう考え方がイスラーム教徒の『お金のもうけ方の意識』をつくってきたと思います。それが、日本人から見たら『しつこい!』となるかもしれませんね」

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。