インドの旅から平和について考えるきっかけをもらって、これまで記事を書いてきた。
しかし、もうインドから離れているので、今回からはタイトルからインドの文字を外すことにした。
さて、みなさんはこんな考え方にどう思いますか?
「平和の敵は、戦争だ。そして、戦争に『良い戦争』も『悪い戦争』もない。すべての戦争は悪でしかないから、してはならない。絶対にだ。」
ボクが海外に旅に出る前は、こうした認識をもっていて、「これはどこの国の人にでも通じる正しい考え方だ」とかいう自信もあった。
しかし、海外でいろんな経験をしたり、外国人と話したりしていると、この自信がゆらいできた。
以前、日本にいる韓国人の友人4人と京都に出かけ、祇園の店で一緒に豆腐料理を食べていた時、
日本人と韓国人の感覚の違いに驚いた。
韓国では徴兵制度があって、すべての成人男性は約2年間、軍に行かないといけない。
日韓の最大の違いの一つはこれだから、ボクとしては軍での生活に興味があった。
この時いた韓国人がすでにその義務を終えたので、軍隊での生活について話を聞いてみた。
以前、韓国の軍隊で激しいいじめが発生し、兵士が自殺したという痛ましいニュースを見たので、それについてたずねると、彼はこんなことを言う。
「軍隊では共同生活ですから、いじめはよくあります。あってはいけないことですけど、実際には、無くなりませんよ」
まぁ、日本の学校でも、いじめから自殺に追い込まれる子どもはいるし、いじめを根絶することはむずかしいだろうな。そんなことを思って別の話題に移ろうしたら、彼の言葉を聞いて言葉を失っった。
「自殺は絶対にいけません。軍に入った以上、自分の命は国家のものですから」
この答えはまったくの予想外。
軍隊に入ったというのは、こういう覚悟を持つということなのか。
ボク的には衝撃的なことを聞いたのだけど、ほかの男性と女性の韓国人は特に驚く様子はなく、「この豆腐料理はおいしいですね」と箸を進めている。
彼らは普通の韓国人のはずなのに、「自分の命は国のもの」という考え方を当然のようにもっていた。おそらく韓国では常識の範囲内にあるのだろう。
日本で、友人との食事中に「命は国家のもの」と言う人がいれば、ドン引きされることは避けられないけれど。
朝鮮戦争時のようす
韓国では北朝鮮との朝鮮戦争(1950~53年)があって、形の上では現在もつづいている。
北朝鮮という“敵”と隣り合わせている韓国には徴兵制度が必要で、日本とは置かれている状況がまったく違う。
国防に関する考え方や価値観も日本とは違うから、いざとなったら、命を国家に捧げて戦う覚悟があるのだろう。
そんな考え方が尊重されている国の人の言葉を聞くと、「良い戦争も悪い戦争もない。すべての戦争は悪であり、絶対にしてはならない」という考え方は正しいが、例外もあると思ってしまう。
【漢字とハングル】韓国人が日本のお寺で感じた”過去との距離”
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