中国からみた元寇:敗北の原因3つと日本への見方

 

フランス人の旅行家で美術収集家のエミール・ギメが明治の日本へやってきた。

そこで彼は、日本人が海に生かされていることを知る。

網の中においしい魚を投げ入れる超自然の力に、彼らは大いに感謝していることを示した。そこで日本人は黙想し、手を合わせ、頭を下げて礼拝したのだ。誰を、何をだって?・・・すべてをだ!

「逝きし日の面影 渡辺 京二(平凡社)」

エミール・ギメ

1879年にギメ宗教博物館(現在のフランス国立ギメ東洋美術館)を設立した。
日本への再来日を願っていたけど、それを果たせないままこの世を去る。

 

寿司民族の日本人にとって、海は恵みをもたらし、ときには外敵を守る盾にもなった。
その防御力が証明されたのは13世紀、鎌倉時代におきた元寇のとき。

高麗(朝鮮半島)を制圧したあと、モンゴル帝国は日本征服を考えて船で軍をおくった。
それが元寇で、1274年の文永の役と1281年の弘安の役の2回ともに敗北して元軍は敗走した。ではなくて海に沈められた。

世界帝国の元が日本を攻略できなかった原因ってなんだろう?
元寇が失敗した理由については日本でも関心が高いから、いろんな説が唱えられていて、一般的には、元軍の船を兵士ごと海に沈めた暴風雨(神風)と鎌倉武士の奮闘が指摘される。

では、中国側は敗北の理由をなにに求めているのだろうか。
さいきん中国メディア・捜狐が記事でそれを考察していた。

結論からいえばその理由は3つで、武士の激しい抵抗と暴風雨、さらに元軍のミスだ。
最後の要因についてはサーチナの記事(2020-01-05に書いてある。

元軍の侵攻が失敗した最大の原因は元軍が1回目の侵攻で優位にあるうちに上陸し、進軍拠点である橋頭堡を設置しなかったことであると主張。

「元寇」はなぜ失敗した? 神風が日本を救ったのか、それとも元軍が愚かだったのか=中国

 

この他にも、日本へおくられた元軍の兵士には降伏した南宋や高句麗の兵士が山盛りいたから、士気もやる気も低かった。
キルラキルでいう「繊維喪失」ですね。
これも敗北の原因という。

 

元軍は橋頭堡(きょうとうほ)を設置しなかったと記事に書いてあるけど、したかったけど、それができなかったのだろう。
台風の可能性は元軍も知っていたはずで、常識的には船の中にいるよりは、陸地に拠点をつくったほうがいい。
でも鎌倉武士がそれを許さなかったから、元軍は橋頭堡を確保できなかった。それで船にいたら、神風に吹き飛ばされて日本征服は夢と終わった。
実際はこんなことだとおもう。
そうなると元軍のミスではないから、結局、元寇失敗のは神風の威力と鎌倉武士の戦闘力になる。

さて、この記事に日本のネットの反応は?

・鎌倉武士がバーサーカーだったから
・武器の差やろ
日本刀対青銅の刀
・醍醐天皇が心を込めて「敵國降伏」と筆で書いた御蔭
・なんでわざわざ苦手な船で離れた島国までいったのか
・江戸時代末期とか腑抜けた時代なら、四隻の船見せるだけで降伏してた
・博多湾を封鎖して入れんようにしたのも効いている

 

元軍を撃退したことは、それまで先生のように考えていた中国への見方をかえた。
戦前の東洋史学の権威・内藤湖南(1866年 – 1934年)は、これによって日本人にとって中国は大した国ではなくなった(あまり有難くなくなつた)という。

くわしいことはこの記事をどうぞ。

【日本の中国へ見方】弥生は属国、飛鳥は対等、鎌倉で優越感

 

内藤湖南

 

この敗北は当然、中国側に大きな衝撃をあたえた。
元を滅ぼして明王朝の初代皇帝になった朱元璋(しゅ げんしょう)は遺言で、日本を攻めるな、と書いている。

自分が死ぬ時に遺訓といふものを書いた、それにはいろ〳〵な事を書いてあるが、其の中に海外で征伐をしないといふ國が書いてあります、その中に日本が眞先きにある

「日本文化の独立 (内藤 湖南)」

*眞先きは「真っ先」

 

元寇の失敗がトラウマになったのか、海を越えて戦いに行くのが面倒だったのかわからないけど、中国はこれ以降、二度と日本に攻め込むことはなかった。

 

 

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2 件のコメント

  • >中国はこれ(元寇)以降、二度と日本に攻め込むことはなかった。

    まあ、それはそうなのですが。これ「以前」にも中国が日本へ攻め込んだことは無かったのでは?
    古代日本が朝鮮半島へ攻め込んだ白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)で完敗した際には、その後に「中国が攻め込んでくる」と恐れたことが、後の壬申の乱で天皇家内部の対立を招く原因にもなったようですが。結局、古代から現代まで一貫して、中国が日本へ攻め込んできたことはありませんでした。
    これは日本が強いとか中国が弱いとかそういう話ではなくて、ただ単に近代以前の二国間関係において、海(日本海・黄海)の存在は互いに戦い合うには「大きすぎた」ということだと思うのですが。
    日中間に比べて英仏間のドーバー海峡は狭いですが、それでもなお、英仏間で領地を攻め取れるような結果を招いた本格的な戦闘行為は、古代ローマ時代の「ブリテン征服」を除けば、「英仏戦争」くらいしかなかったのでは?
    何にしても、アジア大陸から日本が海で隔てられていたのは、独自の文化・文明を育てる上で本当にラッキーだったと思います。

  • 元寇以前に中国が攻めてきたことはありませんよ。
    この記事は元寇とそれ以後が話題ですから。
    日本を襲来しなかった理由には海があるでしょう。あとは各自で想像するだけです。
    イギリスも海のおかげでナチスドイツの侵攻を防げましたね。
    海に囲まれているの諸刃の剣で孤立を招きますが、独自性を育みます。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。