平和スキ・戦争キライの日本人:「勝利」を訳さず批判噴出

 

語学の達人や専門家だって、外国語を日本語に翻訳するときにはミスもする。

たとえばある映画で登場人物の「混沌の本質を知ってるよな?それは公平だ」というセリフを、翻訳家が fair と fearとを間違えたことから、「混沌の本質を知ってるよな?それは恐怖だ」と訳してしまう。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では翻訳担当の戸田奈津子さんが、単位の「ギガワット(Gigawatt)」を「ジゴワット」と訳したため、日本語字幕・吹き替えでも「ジゴワット」になってしまった。
これは伝説級の誤訳になって、いまではネット辞書に「ジゴワット」(Jigowatt)の項目がつくられている。

こうしたウッカリとは、本質的に違うのがこの日本語訳のミス。

朝日新聞(2022年4月20日)

「平和に」→「勝利を」 NHK、ウクライナ避難者の話の字幕を修正

まずNHKがニュースで、ロシア軍の侵攻を受けてウクライナから日本へ避難してきた女性が、「今は大変だけど 平和になるように祈っている」と話したと報じた。
でもその後、「あの字幕は不正確では?」といった批判が噴出すると、NHKは見逃し配信では「いまは大変ですが勝利を希望しています ウクライナに栄光を」と字幕を変える。

この出来事にネット民はこう思った。

・これ見てたわ
「スラヴァ」って聞き取れたからもしやと思っていた
・勝利すれば平和になるんだから、意訳として間違ってないのでは?
・日本では報道がオブラートに包みすぎてマイルドすぎる戦争になってるね
・NHKでガンダム放送したらガルマが
「平和になるよう祈っている!」と
叫びながら死んだことになるんか?

日本語訳が変更されたくわしい背景は謎。
でもこれはきっと、フェアやギガワットみたいなタイプの誤訳ではない。
「勝利する」では日本人の大嫌いな戦争を連想させるから、意図的に「平和」という耳にやさしいワードにしたのだろう。
戦争に勝利できなくても、負けたとしても、いずれ平和がおとずれることは日本やドイツを見れば分かる。
戦いを前提にする勝利という言葉は、平和とは意味が大きく違うのだ。
いまこのウクライナ人が望んでいることは、ロシアとの戦争に勝つことだから、それはそのままちゃんと伝えた方がいい。

 

ウクライナの平和を願う気持ちは世界中の誰もが同じでも、日本では現実離れした、ぶっ飛んだ発想をする人がいる。

「日本も世界とつながって成り立っている。声を上げなければ何も変わらない」という思いから、みんなでウクライナ国旗と同じ色の折り紙で千羽鶴をつくって、在日ウクライナ大使館に送る予定という人たちが現れて、ネットでたたかれた。

【日本人の善意】平和を願う!→千羽鶴をウクライナ大使館へ

千羽鶴を送るのは戦争が終わってからでいい。

 

平和を願う気持ちは尊く美しい。
でも、いまウクライナが求めているのは軍事支援で、具体的には対空ミサイルの「スティンガー」や対戦車ミサイルの「ジャベリン」だ。

これがスティンガー

 

ジャベリン

 

ウクライナの国歌「ウクライナは滅びず」の内容は「君が代」とはまったく違って、戦いと勝利を強調してとても勇ましい。

「ウクライナの栄光も自由もいまだ滅びず、
若き兄弟たちよ、我らに運命はいまだ微笑むだろう。
我らが敵は日の前の露のごとく亡びるだろう。
兄弟たちよ、我らは我らの地を治めよう。
我らは自由のために魂と身体を捧げ、
兄弟たちよ、我らがコサックの氏族であることを示そう。」

侵略者と戦うために、自分の魂と身体を捧げようというのは、いままさにウクライナ人がやっていることで、そんな国民やゼレンスキー大統領を見て、欧州議会の複数の議員が彼らをノーベル平和賞に推薦する書簡を選考機関に送った。
ウクライナについて知れば知るほど、「勝利を希望しています ウクライナに栄光を」が彼らの心から思いで、「平和になるように祈っている」は日本人の感性に合わせた表現に見えてくる。

 

戦争を嫌い、平和を愛する気持ちに国籍や宗教は関係ない。
でも紛争やテロが起こると海外と日本では反応に温度差があって、特に一部の日本人は平和がスキすぎて、外国人とは千羽鶴とスティンガー並みに乖離していると感じることがある。
NHK側も日本語にするとき悩んで、そうした人たちに合わせて”無難”な日本語にしたら、別の方向から批判をくらって訂正したのだろう。
最近は日本人も現実に起きている出来事を目の当たりにして、「戦争と平和」についての認識が”国際標準”に近づいてきたと思う。
ひと昔前なら、「平和になるように祈っている」でも問題視されなかったのでは?

 

余談

年末のお約束、NHKの「紅白歌合戦」の歴史は戦後直後の1945年に始まる。
最初は「紅白歌合戦」というタイトルだったけど、「合戦」を「戦闘」と英訳された説明文を見て、“戦争”を極度に嫌っていた連合国軍総司令部(GHQ)がNGを出したことで「紅白音楽試合」になった。
あれからトキは流れたもんだ。

 

 

ウクライナ侵攻で、ロシア軍が思わぬ苦戦している理由

歴史から見る日本の食文化の変化・世界との違いは「天皇」。

クリミア戦争と日本の意外な関係:黒船による開国・日露戦争

命の“選別”・トリアージとは?その歴史や日本での訴訟事例など

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6 件のコメント

  • > NHK側も日本語にするとき悩んで、そうした人たちに合わせて”無難”な日本語にしたら、別の方向から批判をくらって訂正したのだろう。

    この記事には重要な観点が欠けています。それは、このような「意図的な誤訳」をされたウクライナ人女性は、どのように感じるかということです。おそらく、日本人の都合に合わせて「自分の発言を勝手に歪めて報道された」と知れば不愉快に感じるのでは?(私だったらそう思います。)
    このように、日本人が「穏便な表現」を好む理由は、「相手の立場を思いやってのこと」では決してないことがよく分かります。平和を望んでという言い方もできるでしょうが、要するに日本人は「他人と対立することを恐れ嫌がる」のですよ。「相手の立場に配慮して」などというのは単なる言い訳です。

  • ウクライナ「日本人は我々の愛国心と国防意識を永遠に理解できないだろう、
     日本が、我が国みたいに、1920年代から1990年代までソ連の領土になって、日本人の作った食糧が全て収奪され、日本人全員がシベリアへ強制移住させられた歴史を経験しない限り。」

  • ウクライナ人が、日本人の平和ボケを見た時に考えるであろう言葉です。
     つまり、想像の言葉です。
    ごめんなさい。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。