エリザベス女王がこの世を去って、世界中が悲しみに包まれた。
といっても現実には、人類のすべてがそうではない。
そのワケは、イギリスがかつて世界中に広大な植民地をもっていて、なかには過酷で残酷な支配もあったから。
例えばこれは当時のインドのようすだ。
ニューズウィーク誌(9/20)
貧しい植民地住民を助けようとはしなかった。植民地政府は貧民を、社会にも経済にも無用な存在と見なしていた。そして「死にかけた農民を怠けさせるだけ」の人道支援などは無用と決め付けていた。
植民地支配の「罪」をエリザベス女王は結局、最後まで一度も詫びることはなかった
こうしたおびただしい植民地住民の犠牲の上に、大英帝国の栄光や繁栄があったことは間違いない。
こうした歴史をもつ国のなかには、女王の死を悲しみだけで終わらせられない人もいる。
インドのすぐ下にあるスリランカも、同じようにイギリスの支配を受けていた。
最近、5人のスリランカ人と話す機会があったんで、その時代についての話を聞いてみた。
イギリス支配は全体としては悪で闇でも、その時代に鉄道や病院などがつくられて紅茶栽培も始まって、それはいまのスリランカ人に大きな利益をもたらしているから、植民地支配は完全悪ではなかったと彼らは言う。
それにそれは過去の歴史で、現在のイギリスは大好きだと。
では、その時代の負の面は?
それについて彼らは、反乱を何よりも恐れたイギリス側は、スリランカの伝統的な格闘技「アンガンポラ(Angampora)」を危険視し、ほぼ根絶やしにしたことを挙げる。
イギリスはこの格闘技について学んだり伝えることを禁止し、知識や技術のあるスリランカ人を次々に殺していった結果、アンガンポラはほぼ絶滅状態になったという。
英語版ウィキペディアにも、イギリス植民地政府はこの格闘技を法律で禁止したと書いてある。
そしてその修業をする小さな建物を見つけたら焼き払い、それでもアンガンポラを身につけようとした者には銃で膝を撃ち、事実上の廃人にしたという。
The British colonial administration prohibited its practice due to the dangers posed by a civilian populace versed in a martial art, burning down any angan madu (practice huts devoted to the martial art) found: flouting of the law was punished by a gunshot to the knee, effectively crippling practitioners
それでも見つからないように、アンガンポラの伝統を命がけで伝える人たちがいて、独立後のスリランカで主流の文化として華麗に復活する。
こうした歴史のある国の人と日本人では、女王の死に対する見方が違って当然だ。
日本こんな歴史は無いけれど、似たような経験はある。
太平洋戦争が終わって、事実上アメリカに統治されていたころ、柔道や剣道、空手などの武道が禁止された。(空手道)
理由はアンガンポラと同じで、統治する側にとって好ましいことではなかったからだろう。
でも禁止された期間は短かったし、武道家が殺されたり膝を撃ち抜かれることはなく、これからは民主的なスポーツとして行なうようにと、占領軍の勧告を受けて再開された。
だからいまの武道は戦前に比べると、アメリカ的な要素を取り入れたスポーツの傾向が強いと思う。
それでいまのように世界中の人に受け入れられたのなら、むしろ「ありがとう」と言うべきか。
動画で英語を学ぼう 221 スリランカ人は日本をどう思った?
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