【日本の魔除け文化】たいていの外国人が驚く、柊イワシ

 

最近、知人のインド人と会った時、彼女はこんなことを言う。

「わたしは南インドの出身なんですよ。一年でいちばん寒い時でも、20度を下回ることはなんです。」

そんなところから来て、いまは冬の日本で生活しているから、電気代と朝のツラさがとんでもないことになっているらしい。
といっても、静岡県の寒さは全国的にはユルイほうなのに。

2023年のことしは2月3日に大韓、いや大寒が終わって4日から立春が始まったから、もう寒さのピークは過ぎたころで、インド人の電気代もこれから下降していくはず。
そしていまの節分の時期になると、「柊鰯」を見ることができる(地域もある)。

 

鬼に豆をぶつける侍っぽい人

 

上の絵を描いた葛飾北斎のいた江戸時代の日本はわりとすごかった。
外科医の華岡 青洲(はなおか せいしゅう:1760年 – 1835年)は世界で初めて全身麻酔を使った手術に成功したし、将軍・徳川吉宗が町医者の意見を採用して、お金の無い病人でも無料で治療を受けられる小石川養生所をつくったりした。

【日中の名医】華佗と、世界初の全身麻酔に成功した華岡青洲

目安箱がうんだ成功例 町医者+将軍=小石川養生所

 

医療についてはそれなりに高度な知識や技術があったし、政治的にも、社会的弱者の救済に取り組むという先進的な部分があったのだけど、「病人を出さない」という根本的な部分ではわりと遅れていた。
といっても世界的に17・18世紀の医療レベルは、どこも似たりよったりだった気がする。
「感染症は微生物(病原性の細菌)によって起きる」という現代の常識ができたのは、「近代細菌学の開祖」といわれるパスツールやコッホが活躍した19世紀後半になってからだから。

細菌やウイルスといった病原菌の存在を知らなかった江戸時代以前の日本人は、病気の原因を疫病神や悪鬼のせいと考えて、そうした怪異を家に入れないためにいろいろな魔除けをした。
下の絵では屋根の上から、病気をもたらす鬼(疫神)が家の中をのぞき込んでいる。
そして家の入り口には、そんなヤツを入れるもんかと魔除けがある。

 

 

大寒から立春になる季節の変わり目は、気温の変化が大きくなるから病気になりやすい。
そんなことで昔から日本人はこのころに、病気や不幸をもたらす鬼に豆をぶつけて、家の外へ追い出す「豆まき」をしているのだ。
*豆には「魔を滅す」という意味があるとか。

家の中では豆まきをして、外では玄関に魔除けとして「柊鰯」をつける(家もある)。
「なるほど。で読み方は?」という人が多いと思われるが、植物の柊(ひいらぎ)と魚の鰯(いわし)をそのままくっつけて「ひいらぎいわし」になる。

 

柊イワシ

 

知り合いのモンゴル人、ドイツ人、インド人、イギリス人、メキシコ人に見せると、柊イワシのヴィジュアルはわりと強力で、たいていの外国人は「え?ナンデスカコレは?」と驚く。
まったく意味がわからない。
こうした魔除けには、その国や地域の伝統的な文化や価値観が表れているから、分からなくも不思議じゃないけど、それでも「柊イワシ」は謎すぎ。
ヒイラギの葉は置いといて、なんで焼いたイワシの頭に、魔を遠ざける神聖なパワーが宿っているのか?

まずヒイラギ葉には、葉っぱにあるトゲトゲが鬼の目を刺すことで、「痛っ!」となって鬼を家に近寄らせないという役割がある。
*ヒリヒリと痛むことを昔の日本語の「疼(ひいら)ぐ」といい、これがヒイラギの語源になったといわれる。
漢字はそのまんま「木」に「冬」ですね。

イワシの頭については、臭くて鬼が近寄らないという説と、その臭いで鬼をおびき寄せて、ヒイラギのトゲで鬼の目をさすという説がある。
だからヒイラギにはそれなりの理由があるけれど、イワシについては魚なら何でもいいのでは?
節分の日に無病息災を願ってイワシを食べる風習があるから、その残りを使っただけかも。
ツッコミどころは多々あれど、「柊イワシ」の原型は平安時代にあるから、この魔除けには千年以上の伝統があることになる。

あのイワシには焼けたあとがあるから、焼き魚の身の部分を食べて、ふつうなら生ゴミとして捨てる頭の部分であることは外国人にも想像がつく。
だから、そんな価値の無いものをなんで魔除けとして飾るのか、まったく理解できない。

じつはその気持ちは日本人も同じだったりする。
イワシの語源には、貴族にふさわしくない卑しい魚という意味の「いやし」に由来するという説があるのだ。
庶民でも気軽に買えるやっすい魚だったから、もともと大した価値は無い。なのに、その魚の頭部をありがたがることには、日本人の間にもバカバカしいという空気はあった。
どんなにクダラナイものでも、それを信仰する人には尊く見えるという「鰯の頭も信心から」のことわざは、この「柊イワシ」から生まれたという。
このイワシの頭は一応は神聖なものだから、使った後は神社に納めたり、塩で清めて捨てることがいいらしい。

魔除けの文化は世界中の国にあるとしても、そのアイテムに「生ゴミ」を使うのはきっと日本人だけ。

 

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。