「江戸前すしの店でサーモンを注文するのは失礼だ」という説について、このまえ記事を書いた。
ところで、寿司店のネタに鮭がないことをご存じだろうか。
以前、日本に住むアメリカ人と寿司屋に行ったときのこと。
日本語を鋭意勉強中だった彼はマグロという言葉はもちろん、その漢字(鮪)も知っていた。でも、その語源までは知らなかったから、
目が黒いことから「眼黒(まぐろ)」と呼ばれるようになった。
海面からは、泳ぐ姿が黒く見えたことから「真黒(まぐろ)」と呼ばれるようになった。
というマメ知識を披露して、マウントを取ってみた。でも、彼が「なるほど、それは面白い」と言った後、「なんでサーモンは“鮭”と書いてないんだ?」と聞かれ、言葉が詰まる。
お品書きを見ると、まぐろ、はまち、えび、たいなどは平仮名で書いてあるのに、サーモンは片仮名になっている。彼は、外来語は片仮名で表記するという日本語のルールを知っているから、「さけ」でも「鮭」でもなく、サーモンと書かれていることに疑問を持ったらしい。
こっちは、そう言われて初めて気がついたから、「そんなことより、寿司が冷めるから早く食べよう」とごまかそうと思ったが、そうもいかず、その場で調べてみた。
すると意外な事実がわかった。
まず、違いの1つは、鮭は魚の名前で、サーモン(トラウトサーモン)は厳密には商品名ということ。ただ、日本では一般的にサーモンを魚の名前として使っているので、ここでもそうする。
そして、サーモンは鮭ではなく、実は鱒(ます)だ。
しかし、鮭はサケ科サケ属のニジマスで、鮭と鱒は生物学的には同じだから、違いがわかりにくい。以前は大ざっぱに、海で獲られるものを鮭、川で獲られるものを鱒と呼んでいたけれど、もとは同じ魚だから、最近ではその区別もあいまいになっている。
英語の「トラウト」は鱒という意味だから、トラウトサーモンを直訳すると「鱒鮭」になる。
鮭とサーモンの大きな違いは、天然か養殖かにある。
鮭にはサナダムシやアニサキスといった寄生虫がいることが多く、生食することはできないため、熱を通さないといけない。一方、サーモンは人に管理されて育てられた養殖の魚(ニジマス)で、生で食べることができる。
水産庁は、海で育ったニジマスを「トラウトサーモン」としている。
いまの寿司店にあるトラウトサーモンは、戦後にノルウェーがニジマスを品種改良し、養殖に成功したものだ。
彼らが魚を生で食べる日本の文化に注目し、1980年代にノルウェーの水産省が「プロジェクト・ジャパン」を立ち上げ、それが可能なサーモンをアピールし、それが成功した。
だから、日本人がサーモンの寿司や刺身を食べるようになったのは「最近」と言っていい(サケ)。戦前まではそんな文化はなかったから、「江戸前すしの店でサーモンを頼むな」という説が出てきた。
トラウトサーモンが日本に導入された際、天然ものの鮭と区別しやすいように、サーモンという商品名ができたらしい。
それが現在では魚を指すようにもなったから、数年前には、「サーモントラウトを使った弁当は“サケ弁当”か、それとも“ニジマス弁当”なのか?」と話題になった。
ということで、寿司屋では寄生虫のいる鮭を出さない。サーモン一択。
でも、加熱すればOKだから、鮭は焼き魚として昔から日本人に愛されてきた。
だから、食堂で鮭定食はあっても、サーモン定食はない。…と書いてから、「いや、マテヨ」と思ってネットで調べてみたら、焼いたものは鮭定食で、刺身で出すのはサーモン定食となっている。やっぱり、鮭とサーモンの大きな違いは熱を加えるかどうかだ。
> 彼らが魚を生で食べる日本の文化に注目し、1980年代にノルウェーの水産省が「プロジェクト・ジャパン」を立ち上げ、それが可能なサーモンをアピールし、それが成功した。
この話は、サーモンの寿司が広がり始めた頃の昔のマンガ「美味しんぼ」にも出ています。日本人が、「サーモンは天然の魚じゃないのか?」とノルウェー人に聞いたところ、「熊じゃあるいまいし、天然のサーモンなんか食う奴いないだろ!俺たちの養殖場を見に来なよ」と返す場面がありました。私はこのマンガで初めて寿司ネタにする(普通は生では食べられないはずの)サーモンが、実は「養殖もの」であるということを知って強い印象を受けたのでよく覚えています。
『美味しんぼ』は見た記憶はありますが、その回は知りませんでした。
外国人から指摘されて、初めて気づきました。それまで疑問に感じることすらなく。