米国の禁酒法 「スラム街はすぐにただの思い出になる」

 

きょう12月5日は1933年に、アメリカで10年以上にわたって続いていた「禁酒法」が廃止された日。
1920年から始まったこの法律はわりと“ザル”で、酒の製造や輸送、販売を禁止したけれど、酒を飲むこと自体は禁止されていなかった。
それに、すべてのアルコール飲料が禁止されたわけでもない。たとえば、キリスト教の集会で「イエス・キリストの血」とされるワインを飲むことや、そのために少量のワインを作ることは許可されていたのだ。

アメリカでは17世紀ごろから、真面目なキリスト教徒が禁酒を訴えていて、それが禁酒法の原動力となったため、こんな“抜け穴”があったと思われる。
20世紀初めから半ばにかけての禁酒法を推進したのも、おもに教会への出席率がとても高いアメリカ南部のプロテスタントの人たちだ。

Prohibition in the early to mid-20th century was mostly fueled by the Protestant denominations in the Southern United States, a region dominated by socially conservative evangelical Protestantism with a very high Christian church attendance.

Prohibition in the United States

 

彼らは当時のアメリカで深刻だった貧困や犯罪、暴力などの問題の原因を飲酒にあると考えた。キリスト教を熱心に信じる者にとっては、社会に堕落や不道徳がはびこることは許せない。そこで、諸悪の根本である酒を無くすことで、こうした問題を解決できると期待した。
禁酒法が成立すると、ある伝道者はこう述べた。

「スラム街はすぐにただの思い出になるだろう。われわれは刑務所を工場に、拘置所を倉庫やトウモロコシ畑に変えるだろう」

 

しかし、イギリスのチャーチル首相は禁酒法について、「人類の歴史に対する侮辱」と批判している。酒を禁止することはキリスト教全体を代表する見方ではなく、当時のアメリカにいたキリスト教徒の価値観と考えたほうがいい。

禁酒法が成立した背景には、1917年にアメリカが第一次世界大戦に参戦し、ドイツと戦ったことで、国内で反禁酒法の主要勢力だったドイツ系アメリカ人が発言力を失い、彼らの抗議活動が無視された影響もある。

 

禁酒法の支持を訴える絵
神と人間性の名のもとに酒樽をぶっ壊す。それこそが聖戦(ホーリーウォー)。

 

しかし、「スラム街はすぐにただの思い出になる」というほど現実は甘くない。
「酒の製造を禁止する!」という禁酒令は、当時アメリカで5番目に大きな産業であった酒産業にクリティカルダメージを与え、大量の失業者を出した。そして、「でも、飲むのはOKよ!」というユルい内容から、それまで賭博や売春、窃盗が主な収入源だったギャングが密造酒を作って、笑いが止まらないほど大もうけした。
そんな闇経済が活発化する反面、表の経済が停滞したり、アメリカの税収が大きく低下したりするなど、ある意味、飲酒よりも大きな副作用が発生するようになる。

ただ、当時のアメリカのいたるところにギャングやマフィアがいたわけではないし、そもそも犯罪に関する全国的な統計がなかったため、禁酒法の前後で国全体として犯罪が増加したかどうかはよくわからない。

禁酒法がアメリカに良い影響を与えた点としては、肝硬変やアルコール性精神病、乳児死亡率が減少したことが挙げられる。
しかし、全体的には負の面が大きく、1933年に禁酒法が廃止された。

 

禁酒法時代のアメリカ
警察官(たぶん)が押収した密造酒を下水道に捨てている。

 

 

日本 「目次」

【最悪に不快】飲酒大国・日本でアメリカ人が経験したこと

【日本の夏】グアム出身のアメリカ人には衝撃的な生き物

カリフォルニアの米国人に比べ、日本人がイイと思う理由

【病院コワい】アメリカ人から見た、日本社会の良いところ

【今日の気温は100度】アメリカ人が日本で困る“単位の違い”

 

2 件のコメント

  • > 当時のアメリカのいたるところにギャングやマフィアがいたわけではない

    というのはその通りなのですが、しかしながら、禁酒法を契機として密造酒の売買により当時のマフィアが莫大な利益を得たことは間違いないようです。当局の目を逃れて、密造酒を客に提供する潜りの酒場を「スピーク・イージー」(警察には秘密にして気楽にやろうぜ!)と言ったのだとか。
    さらには一説によると、あのケネディ家でさえも禁酒法の裏をかいくぐる形で利益を得て資産を築き、それを運動資金にして、あのJ.F.ケネディが大統領になれたのだとか。(本当かどうか?分りませんが。)
    でもアメリカ社会では、そのような「極端な選択」が今でもしばしばなされることがあります。その多くは宗教(キリスト教原理主義)がらみです。なんだか、現代のヴィーガンとか、喫煙反対運動とか、事情の如何を問わない中絶反対運動とか、その辺も結局は宗教の影響を受けているのでは? という気がします。

  • 日本では「禁酒法が施行されたことで、ギャングがもうかってアメリカの治安はかえって悪化した」という説をよく見ます。
    でも、当時は全米の犯罪統計がないので、それはわかりません。悪化した地域はたしかにあるのですけどね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。