ベトナム戦争の最終局面、米がホワイトクリスマスを流した理由

 

まずは導入してアフガニスタンの話をさせてほしい。

一見すると、アルプスの少女的なほのぼの動画に見えるけど、ブランコに乗っているのは実はタリバンの戦闘員だ。

 

 

アメリカが撤退したあとのアフガニスタンに残された米軍機で、新しい支配者となったタリバン戦闘員がブランコを作って遊んでいる。
「テロとの戦いに勝利して撤退した」というバイデン大統領のことばを、全否定するようなこの動画がいま世界中に拡散されている。

「このままカブールに残っていれば、タリバンに殺されるかもしれない!」

米軍に協力していたアフガニスタン人などがそう思って空港に殺到した結果、多くの死傷者が出たというニュースを見た人は多いはず。

 

 

このアフガン撤退をアメリカ人はどう思っているのか?
知人に聞いた話だと、いま国内では軍の撤退自体は間違いではないけれど、そのやり方があまりにもマズかったというで、全体的にはこの撤退を「失敗だった」と考えている人が多い。
(上の動画を見て、アメリカの勝利と感じる人はまずいないだろう。)
国全体の雰囲気としては不満や怒りよりも、意気消沈して力がない感じ。

 

この米軍撤退とそれにともなう大混乱を見て知人のベトナム人の母親は、1970年代のベトナム戦争の最終局面「サイゴン陥落」と重なったという。
北ベトナム軍が米軍を撃破し、南ベトナムの首都サイゴンに迫ってきて、敗戦をさとったアメリカは撤退をきめた。
「北ベトナム軍に捕まった命はないかもしれない!」と思った南ベトナム人は、米軍の輸送機が到着する場所に殺到した。

 

 

少しでも多くの人を乗せるため、空母にあったヘリコプターは海へ捨てられた。

 

逃げ遅れた人はボートで脱出し、いわゆるボートピープルになる。

 

 

バイデン政権の願いもむなしく、米CNNニュース(2021.08.15)によるとカブール陥落をこのサイゴン陥落に重ねる米国人は多い。

バイデン政権は、象徴的なイメージとして記憶に残るあの状況を繰り返したくないようだ。つまり1975年、ベトナム・サイゴンにあった米大使館からあわただしく撤収したあのイメージである。

アフガニスタンの崩壊、責めを負うべきはバイデン氏

ちなみに「サイゴン陥落」は英語で「The Fall of Saigon」いうらしい。

 

1975年4月にサイゴンで行われた、この決死の脱出作戦を「フリークエント・ウィンド作戦」(Operation Frequent Wind)という。
上の動画はこのようすを映したものだろう。

この作戦を行うにあたっては、事前に北ベトナム側に気づかれないよう、サイゴン市内にいるアメリカ人に米軍撤退を伝えなければいけない。
このときアメリカはそれをどうやってしたのか?

 

日本ではもうすぐ店が閉まるとき、それを客に伝えるサインミュージックが使われることがよくある。
店内に「蛍の光」が流れてきたら、それが何の意味かは日本人には説明不要。
でもイオンでこれを聞いて驚くアメリカ人やイギリス人もいる。

【米国・英国人の謎】日本で”蛍の光”が別れの曲になったワケ

言葉で直接伝えないで、こんなふうに相手に気づかせるサインミュージックという「日本文化」についてアメリカ人に話をすると、「フリークエント・ウィンド作戦」もまさにそれを利用したという。
この作戦が決行される前日、ラジオでその日の気温を伝えたあと、アメリカ人なら誰でも知ってる曲「ホワイト・クリスマス 」が流された。

米軍放送は、サイゴン市からアメリカ人関係者の撤退を促す暗号放送として、予め告知されていた天気予報のメッセージと共にクロスビーの「ホワイト・クリスマス」を陥落前日の29日から頻繁に放送した。

ホワイト・クリスマス

 

アメリカ人の話ではこれはクリスマスの定番ソングだから、4月に何度も流されるというのは不自然。
だから、アメリカ人ならすぐにピンとくるらしい。
サインミュージックが使われた例としては歴史的に、少なくともアメリカ史ではこれが最も重要な場面だろう。
これに気づかなかったら、命を失ったかもしれないのだから。

イオンで流れる「蛍の光」の話を聞いたアメリカ人が、まさかベトナム戦争の最終局面「フリークエント・ウィンド作戦」で使われたホワイト・クリスマスを連想するとは思わなかった。
なんかスケールがちがいすぎる。

 

おまけ

英語では「music」を使った熟語がいくつかある。
たとえば「Music to my ears」だと「素晴らしい知らせ」で、「face the musicは「報いを受ける」の意味。
サイゴン陥落時、ホワイト・クリスマスはアメリカ人の耳にどう響いたか。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。