数年前に知人のアメリカ人から、
「正月休みが終わって仕事が始まったころ、たまたまテレビでとても興味深いショーを見た。昔の日本の服を着た人が“pole dance”をしていたんだが、あれは一体なんなんだ?」
いやいや、君はいったい何年日本にいるのかね。正月明けのポールダンスは日本のお約束だろう。
というワケがなく、こんなポールダンスが新年に行われた理由がさっぱり分からない。
正月明けに伝統衣装を着てポールダンスをする日本人がいて、彼がそれをテレビで見て不思議に思ったと。
ポールダンスの最古の例は、800年以上前からインドで行われている伝統的なスポーツの「マラカーンブ」と考えられている。
それとは別に20世紀前半のアメリカで、旅芸人がテントの支柱を使ったショーをしたことから発展していき、現在では上の動画のようなパフォーマンスになったという。
「シルク・ドゥ・ソレイユ」の芸術的なパフォーマンスはとくに有名で、ポールダンスは世界中で娯楽やエクササイズ、ストレス発散として行われている。
国際ポールスポーツ連盟は、これをオリンピックの正式種目にするようがんばっているところだ。
話を戻すと、一年で最初のポールダンスがフツウじゃつまらないから、日本のどっかの団体がパフォーマーに着物か何かを着せて演技を披露させたということか?
それなら映像として映えるから、テレビ局が取り上げるのも分かるけど、個人的にはそういう発想は好きじゃないな~。
なんて思いながら彼と答え合わせをしていくと、それは日本の消防関係者がする新春恒例のイベント、出初式(でぞめしき)のことだと発覚。
正確には、その中で行われる伝統芸能の梯子乗り(はしごのり)だ。
とび職の衣装を着た人が梯子にのぼって足や手を広げたりするこの日本の曲芸を、アメリカ人の彼がまったく知らなかったのは仕方ない。
彼の知識の中で、これにいちばん近いのが「ポールダンス」だったのも仕方ない。
日本版「シルク・ドゥ・ソレイユ」
画像は、下の東京消防庁が公開した動画のキャプチャー
1948年3月7日に消防組織法が施行されたことにちなんで、毎年この日は「消防の日」になっているのだ。
消防に関する理解と認識を深めるための記念日で、本当は昨日この記事を書こうと思ったのだけど、一日の時差が生まれてしまった。
出初式とは1月6日に、日本の消防関係者が仕事始めの景気づけに行う行事のこと。
梯子乗りでとび職の格好をしているのは、江戸時代、町の火消の中心となったのはとび職の人たちだったからで、彼らは梯子を使って素早く屋根にのぼって家々をぶち壊したのだ。
当時は今と違って大量の水をかけて鎮火させることより、火元や周囲の建物を壊して、燃える物をなくしていく「破壊消火」が一般的な消火方法だった。
出初式の起源は江戸時代にあって、1659年(万治2年)に始まる。
この2年前には、江戸の民家はもちろん将軍のいる江戸城の天守までが焼け落ち、一説には10万を超える死者を出した明暦の大火が起きた。
日本の歴史上、最大級の火事だから「江戸の三大大火」の一つになるのは当然として、明暦の大火はワールドワイドな大災害で、ローマ大火やロンドン大火とならぶ「世界三大大火」に数えられることもある。
そんな前代未聞の大火事から2年が経っても、燃え尽きて焦土と化した江戸の町は復興できてなく、なにより人々がウツな気分ですっかり落ち込んでいたという。
そんなとき、老中・稲葉正則(いなば まさのり)が指揮をとって、幕府の消防組織「定火消」が上野東照宮に集まって気勢をあげた。
この行動が「出初」と呼ばれて、明暦の大火で意気消沈していた江戸の庶民に希望や信頼を与える結果になり、復興作業が進んでいくこととなる。
これがきっかけで毎年1月4日に、定火消の「出初」が上野東照宮で行われるようになった。
見ている方もやってる方も、気分が良かったからだろう。
その後、とび職などの庶民によって町火消が作られると、彼らも定火消の「出初」をマネて、1月4日に仕事始めの行事として、独自の歌を歌ったり梯子乗りを披露して江戸の庶民を楽しませた。
ただ定火消の「初出」と区別するために、町火消の行事は文字を引っ繰り返して「初出」という名称にする。町民の組織が、幕府直属の組織と同じ名前を使うことは許されなかったのでは?
これが令和のいまでも、新春恒例の行事・出初式として受け継がれている。
だから歴史をたどると、このイベントの生みの親は老中の稲葉正則になるワケだ。
明治維新の混乱で途絶えた出初式は明治8(1875)年1月4日に復活し、第1回東京警視庁消防出初式が行われた。
そのときの様子が東京消防庁ホームページ「消防出初式の移り変わり」にある。
*三谷祥介著の『帝都消防出初式の今昔』からの引用。
式の次第というのは、第一大区一番組より順次梯子乗りをやっておめにかける。消防組員が、めでたく首尾を収めたときは、手拍子を以ってする習慣だから、各組の梯子乗りが終わるごとに拍子をおくるのであった。
これをアメリカ人に「ポールダンス」と言われて稲葉正則はどう思うのか。
これは東京消防庁によることしの出初式。
もともと明暦の大火で落ち込んでいた江戸の庶民に、勇気・希望・元気を与えたことが出初式の始まりだったから、公務員の行事としてはいまでもかなり派手で活気にあふれている。
出初式を紹介する海外メディアの中には、「Edo Period Acrobatic Firefighters」と表現するところもあるから、外国人にとっては「消防隊員によるアクロバットショー」という感じらしい。
ということで出初式を見た外国人のコメントを拾ってみた。
・Acrobatics demos has been the highlight of the event for two centuries now. Firemen in Edo costumes perform acrobatics on bamboo ladders carried by their colleagues. Those bamboo ladders remind of the time when firemen had to climb onto the roofs the houses surrounding the fire to break them down and prevent the fire to spread.
アクロバットの実演は、2世紀前からこのイベントのハイライトとなっています。
江戸時代の衣装を着た消防隊員が、竹の梯子の上でアクロバットを披露します。
その竹梯子はかつて火消が火元の家の屋根に上って、屋根を壊して延焼を防いだことを思い起こさせます。
・Thank you people for your brave work to save us from fire disasters 💕Wish you be best of luck and safety during your hardworking.
火災から私たちを守るために、勇敢に働いてくれてありがとうございます。
ご健闘と仕事中の安全を祈っています。
・And no security net; aren’t they great!!!
セキュリティーネットもない。本当にすごいね!
・Wow had I known about this I would have extended my stay in Japan a couple days, always thought about bringing some Chicago Fire Department patches to trade with a local Tokyo station.
ワオ!
このことを知っていたら、日本の滞在を2、3日延ばしたのに。
シカゴ消防署のワッペンを持っていって、東京消防署のものと交換したいといつも思っているんだ。
日本の出初式の目的にはパフォーマンスの「お楽しみ」を通して、消防への理解や信頼を深めることもあって、それは外国人にもしっかり伝わっている。
老中の稲葉正則も草葉の陰で満足してるに違いない。
> 正月明けに伝統衣装を着てポールダンスをする日本人がいて、彼がそれをテレビで見て不思議に思ったと。
なるほどなぁ。出初式が「伝統衣装を着たパフォーマーによるポールダンス」ですか・・・。
言われてみれば確かにその通り。そんな表現は初めて聞いたけど、まさに的確です。