【似て非なる】日本と中国、元号についての同じと違い

 

日本に住むイギリス人がオーストラリアを旅行していたときの出来事。
自分で車を運転してオーストラリアを回ろうと考えて、レンタカー会社で手続きをしていて運転免許証を見せると一瞬、会話と相手の動きがとまった。
「なあ、この数字は何なんだ?」と彼がたずねたのは、免許証にある「平成〇〇年」の年号。
それでイギリス人はその西暦を伝えて、「この元号(年号)というのはだなあ」とついでに日本文化をオーストラリア人に説明という。

きょうは6月19日は「元号の日」だ。
645年のきょう中大兄皇子らによる大化の改新のなかで、日本初の元号である「大化」が定められた。
レンタカー会社のオージーに「これは何だ?」と言わせた原因も、果てしなくさかのぼると大化の改新に行きつく。
特定の時代に名前をつけるこの元号の制度は中国で始まった。
前漢の武帝が紀元前140年に、中国初の元号である「建元」を定めてからこのシステムが定着し、朝鮮半島・ベトナム・日本にも伝わって、それぞれの国で元号が採用されるようになる。
でも、その後の歴史の中で韓国やベトナム、本家の中国も1911年の辛亥革命で元号が廃止され、21世紀のいまではこの文化をもっているのは世界で日本だけ。

元号は中国由来の漢字文化でもあるから、日中で共通する点はある。
元号は最高にめでたくハッピーなものがいいから、どっちの国でも「永」の漢字が圧倒的に多く使われた。
王朝や良い時代が少しでも長く、できれば永遠に続いてほしいという願いが日中であったはず。
元号についての違いといえば、日本の場合は一度使った元号は二度と使用しないというルールがあるけど、中国は違って過去の元号をまた使うはよくあって、たとえば「永興」という元号は六回もある。
「一度切り」か「何度でもOK」かは、日本人と中国人の感覚や価値観の違いによる。

歴史に着目すると、日中では元号の数が違う。
中国では約2000年で650ほどの元号が登場して、日本では約1400年で「大化」から「令和」まで合計で248ある。
両者を単純に比べると、中国は歴史に対して元号がめちゃ多い。
なぜなのか?
日本には14世紀、天皇が京都と吉野に2人同時に存在し、元号も同時に2つある南北朝時代があった。
こんな不自然な状態は日本の歴史ではこのときだけ。
でも中国はそうじゃない。

日本では同時に異なる年号を用いたのは、この南北朝六十年だけであるが、中国では同時に二つどころか、四つも五つも使っていた時代があった。分裂時代が多かったのである。

「日本的 中国的 (祥伝社) 陳舜臣)」

 

中国の分裂時代といえば、日本人には3世紀の三国時代がおなじみだ。
この時代、魏の文帝(曹丕)が「黄初」、蜀の昭烈帝(劉備玄徳)が「章武」、呉の呉王(孫権)が「黄武」を定めて、3人の皇帝と3つの元号が同時に存在していた。
日本史ではたった一度のミラクル(分裂時代)が、これをふくめて中国史では何度も起きている。
これは天皇家の「血」を重視する日本と、天子の「徳」を重視した中国の違いで、日中の決定的で最も重要な違いでもある。

 

 

中国 「目次」

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2 件のコメント

  • イスラム世界の「ヒジュラ歴」って、日常生活ではどの程度まで普及しているのでしょうかね?

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。