ポテトチップス、「嫌がらせと偶然」から生まれるの巻

 

ペリー率いる東インド艦隊がとつぜん浦賀沖に現れて、開国を求めてきたから、日本は大騒ぎになる。
そんな日本史の一大事が起きた1853年、アメリカでは歴史に残る大発明があった。
人類の発明にはその人が意図的に生み出したものもあれば、まったく予想外の偶然から生まれたものある。

材料を間違って混ぜたら実験が成功してしまい、田中耕一さんはノーベル化学賞を受賞することになる。
外国人の研究員が「m」の文字に気づかなかったことで、白川英樹さんが後にノーベル化学賞を受賞するほどの発見をする。
ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、万有引力を思いついたという話は有名だ。
ペニシリンやダイナマイトも”たまたま”があって作り出された。
そうした発明をセレンディピティという。

【セレンディピティ】日本や海外で世界的発見を生んだ“偶然”

セレンディピティの発明はめずらしくない。
でも、1853年のきょう8月24日にできたポテトチップスはかなりユニークだ。
いま世界中の人に愛されているこのお菓子は、”嫌がらせ”というセレンディピティから誕生したのだから。

 

1853年のこの日、米ニューヨークのレストランに面倒くさい客がやってきた。
*アメリカ史上最も裕福な人物の一人で、「鉄道王」と呼ばれた大富豪のコーネリアス・ヴァンダービルトだったという説もある。

その客は、シェフのジョージ・クラムが作ったフライドポテトを見て「亭主を呼べッ!!」じゃなくて、「フライドポテトが厚すぎる!」と文句を言い、クラムに何度も作り直しをさせる。
「マ・ジ・でムカつくわー、あの客め!」とうんざりしたクラムは、ある”嫌がらせ”を思いつく。
限界まで薄く切ったジャガイモを油でカリッと揚げて、超超薄いフライドポテトをつくって出し、「これじゃフォークで刺せないYO!」と客を困らせてやろうと考えた。
そしたら現実はクラムの予想の斜め上をいって、客は「ホフホフ熱い…」とうれしそうに極薄のフライドポテトを食べる。

ポテトチップスは、こうして生まれたという説がよく語られている。(ポテトチップス

シェフは最初からそれを作ろうと考えたのではなくて、客に仕返しをしてやろうとしたら、思わぬ発明をしてしまった。
これもリッパなセレンディピティだ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。