AIと人間の違いって、2300年前と同じ「仁の心」じゃね?

 

はい!今回はクイズからはじめます。
次の書き出しではじまる小説はなに?

「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通とおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

 

答えはもちろん、「バイオハザード」ですね。
じゃなかった。夏目漱石の「草枕」だった。
このなかの「智に働けば角が立つ情に棹させば流される」はとくに有名で、いまでもたまに見かける。
これは日本社会の生きにくさを的確にあらわしているからだろう。

辞書を見るとこんな説明がある。

理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり、情を重んじれば、どこまでも感情にひきずられてしまう。

大辞林 第三版の解説

 

感情を抜きにして、理論的・合理的にものごとを進めることは大事だけど、人間の住む社会はそれだけではうまくいかない。
「これが正しいから」「これが決まりだから」と一方的に理屈でせまると、「人には気持ちってものがあるんだ!」という反発が返ってくることはよく起こる。
かといって人の感情をいつも優先していては、社会や会社はうまくまわらない。
マニュアルどおりにやっても人を怒らせてしまうことがあるから、これもうまくいかない。
それで、「とかくに人の世は住みにくい」とため息をつく人はいまの日本にもたくさんいる。

 

 

きのうの記事で、名古屋に残念な人がいたことを書いた。
その人は高速バスに乗ろうとしたのだけど、ほんの少し時間に遅れてしまい、バスが目の前で走り出してしまった。
それでも何とか乗せてもらおうとドアをバンバンたたいたけど、運転手は乗車を許さなかった。

でも、バス停以外の場所で人を乗せることは法律で禁止されているらしいから、これは仕方がない。
そう思う人もいるし、「それぐらいなら、ドアを開けて乗せてあげればいいじゃん」という人もいて、ネットでは賛否が分かれていた。
くわしいことはこの記事をどうぞ。

日本と東南アジアの社会の違い。ルール厳守かユルくいくか?

社会は人とルールでできている。
だから法は大事だけど、人の感情も無視することはできない。
正しさだけで人は動かないのだから。

上の出来事の数日前、4月11日に東海道線の山科駅で客がホームから転落する事故が起きた。
そのとき特急列車が来ていたのだけど、それを見た男性客らが線路に入ってその人を救出する。
これに対してネットでは「なにその英雄、かっこいい」という反応もあったかもしれないけど、実際には非難が殺到したという。

というのはそのとき駅のホームでは、「当駅で非常ボタンが作動しています。直ちに係員がまいりますので、絶対線路内に降りないようにお願いいたします」というアナウンスが流れていたから。
彼らはこのアナウンスを無視したことになる。
それでネットでは、「ホームから降りて手助けした俺カッケー!!と思っているのかな」「何のために非常列車停止ボタンが整備されたのか」といった声が殺到する事態になる。

ちなみにこのときは、非常ボタンによって特急列車は緊急停止している。

人助けとはいえ、線路に降りる行為はルール違反。
これは法に反する行為だから、落とし物をした場合は、自分で取らずに駅員に言うようホームに書いてある。
たとえ目の前で人がひかれることになっても、この場合は線路に降りてはいけなかったのだ。

でもネットの反応を見ると、先ほどのバス男とは違って、この行為は法律違反でも支持する人が多い。

・許してやれよw
・ネット民はもうだめだな
・新大久保駅で助けて死んだのは英雄視されたな。
・叩いてるのはごく一部のひねくれたやつらだけやろ
・降りて救出したのに、非難殺到とか理解できん
・助けに入ってるのに非難って世も末だわ

こちらは非難派の人だち

・救助に降りる必要がない
非常停止ボタンが押されてたから
それが間に合わないなら犠牲者が増えるだけ
・うーん入らんほうがいい派やな
落ちたもんはしょうがないやん
・バカはルール守れない
・今回はたまたま二次被害がなかったんだよ。
・「降りないで下さい」って駅員のアナウンスが流れ出るのに それを無視するのは批判されても仕方が無いでしょ?

その両者をながめて、「助ける正義マン vs 批判する正義マン」とやゆする人もいる。
さて、あなたはどう思いますか?

 

 

線路に降りるのは法律違反だけど、でも、その行動はまさしく「仁」だ。
社会に法があるように、人の心には「仁」がある。
で、仁ってなんだろう?
「人は生まれながらして善である」という性善説をとなえた古代中国の思想家・孟子(もうし:紀元前3世紀ごろ)は、仁についてこんな説明をした。

目の前で小さな子供が井戸に落ちそうになっている。それを見れば、どんな人でも思わす助けてしまう。
その理由は、人には損得を超えた仁(哀れみの心・惻隠の情)があるからだ。

2300年前の中国人が言ったことは人間の本質だから、いまの日本人にも当てはまる。
線路に降りた人を動かしたのは仁の心だ。
それはルール違反だけど、人として大事な気持ちだから支持する人が多い。

AIにはこの「仁」がない。
AIが自然に善や悪の性質を持っていることはないから、性善説も性悪説も関係ない。
我を忘れて人を助けるとか、思わず動き出すという仁の心も持っていない。
といってもAIのことは正直よく知らないことも多いけど、それでも、AIに「思わず」はないだろう。
攻殻機動隊の「タチコマ」なら、仁かそれに似たものを持っていたかも。

人間の本質として仁の心があるし、社会には決まりやルールがある。
その二つがぶつかるときがあるから、「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通とおせば窮屈だ」と悩むことになる。
そこが人間とAIの大きな違いだ。
「とかくに人の世は住みにくい」なんて苦しむAIはない。
だから、それまでの人生経験から、仁と法を組み合わせて絶妙な判断をすることは人間にしかできない。
そういう人間はどんな時代になっても、AIに代えられることはない。
線路に降りた人を非難することなら、きっとAIでもできる。

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。